「うわっ!」
 ゴールポストに跳ね返ったボールを捕り損ねて、円堂は後ろに倒れ込んでしまった。意外と、ボールの勢いが強かったのだ。
「大丈夫か?」
 一緒に練習していた風丸が、心配して駆け寄ってくる。円堂は横に転がっていったボールを片手で掴むと、
「ああ!」
 と言ってにかっと笑った。風丸はため息をついて、円堂に片手を差し出す。円堂はその手をぎゅっと握って起き上がった。

 円堂と風丸が休憩のためにピッチの横に据えられたベンチに座ると、さっきまで様子を窺っていた小学生たちが、サッカーをし始めた。
「それにしても、円堂ってホントによくやるよな」
 そんなになるまで、と砂埃に塗れた円堂の顔とユニフォームを見て風丸は言う。
「そうか?」
「ああ、」
 風丸は笑い、わいわいと楽しそうにしている小学生たちを眺めながら言った。その目は、どこか昔を懐かしむ色で。
「小学生の頃から、全然変わらないよ」



 それはいつのことだったか、学校の帰り道の公園で、風丸は先程のように円堂がボールを受け損なって仰向けに倒れているのを見かけたのだ。円堂のことだから多分大丈夫だろうとは思ったが、円堂が何をしているのか気になった風丸は、声を掛けることにした。
「何してんだ円堂」
「風丸!」
 倒れ込んでいる円堂の顔を覗き込んで、不思議そうな目をして風丸は言う。円堂も驚いたようだったが、声を掛けてきたのが風丸だと分かると、ばっと起き上がって言った。
「“とっくん”だよ!」
「とっくん?」
 円堂の言葉の意味がよく分からなかった風丸は、かくんと首を横に傾げる。
「そう、とっくん!」
 これ見てくれよ、と言って円堂は一冊のノートを取り出した。
「じいちゃんのノートなんだ」
「へえ〜」
 風丸の目の前にいっぱいに開かれたノートには、文字なのか絵なのか図なのかよく分からないものが書いてあった。果てしない気合いがあることだけは辛うじて読み取れた。
「円堂、これ、読めんの?」
「ううん、読めない」
「はあ?」
 円堂は真面目な顔をして首を振る。じゃあなんでとっくんしようなんて思ったんだと風丸が聞くと、サッカーやりたいから、と円堂は手の中にあるボールを見つめて、小さく言った。
「……ふうん」
 風丸はそんな円堂を見て、つくづく円堂は面白いヤツだと思った。そして、何が書かれているのか分からないそのノートの内容も気になった。まるで、宝の地図のような感じがして。少し考えてから、風丸はよいしょ、とランドセルを下ろした。
「ちょっと、俺もやってみる」
 ぐい、と意気込むように腕捲りをする風丸を見て、円堂はホントか!?と目をきらきらと輝かせる。放課後の公園には、二人の小学生の明るい声と、ボールが楽しそうに弾む音がいつまでも響いていた。



 ホント、変わらないよ、と風丸が小さく呟くと、円堂はベンチから立ち上がって言った。
「だって、みんなと、風丸と、サッカーやりたいからな!」
 風丸に向かってボールを突き出し、屈託のない笑みを顔中に浮かべて。爽やかな風が二人の間を通り抜けていく。風に揺られた草木が、さわさわと焦がれるような音を立てる。風丸も笑って、力強く頷いた。
「ああ!」
 俺は、本当はあの時から、円堂の言う“サッカー”に惹かれていたのかもしれないな、と思う。そうでなければ、あの時と同じこの笑顔に、こんなに強く惹き付けられるはずがないのだから。
「さあ、特訓だ!」
 そう言って円堂はピッチに飛び出す。風丸も頷いて後を追う。あの日の声が、今もピッチに響いている。頼もしいその背中、いつまでも追い続けていたい。


きみならばきっと、


 その笑顔で、俺をどこまでも連れて行ってくれる。





企画「キャプテンは旦那様」さまに提出


2011.7.19
2019.3.11 修正


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