士郎はアスファルトの道を歩いていた。
真夏の鋭い日差しとアスファルトの照り返しが容赦なく士郎を襲う。蝉はまるで耳鳴りのように喧然と鳴き立てている。視線を足元から上へ転ずれば、青い空と、白い雲と、緑の木立と、黒い道との、見事な色のコントラストだ。
額からつっと滴る汗を腕で拭う。この暑さのせいで喉は渇いているが、不思議と疲れは感じなかった。このままずっと、どこまでも歩いていけそうな気さえする。
靴紐が解けているのに気が付いて、士郎はしゃがんで紐を結ぶ。顔を上げると、目の前に続く長い道の先に、蜃気楼が見えた。しかし、紐を結び終わって立ち上がったとき、その蜃気楼は消えてしまった。
ふと、士郎の視界がくらりと揺れた。
――立ち眩みか……いや、大丈夫だ。
士郎はそう自分に言い聞かせたが、ここで倒れ込んでしまっては仕方がないので、道端に生えている木の陰に入ることにした。その木に寄りかかって、周りの音に耳を澄ます。
木の下にいるからだろうか、蝉は相変わらず鳴くことを止めはしないものの、その声も少し穏やかに聞こえる気がした。
しばらく深呼吸しながら涼んでいると、依然として鳴き続けている蝉の声に混じって、
「士郎」
と自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。
はっとして顔を上げると、さっきまで風など吹いていなかった辺り一帯に、ぶわっと一陣の風が吹いた。風の吹いて行った方に目を向けると、木と木の間に、桃色の何かがちらついた。
「アツヤ!」
瞬間、士郎は木陰から飛び出してその影を追おうとした。木の影から出てしまったので、また、夏の日差しが士郎を鋭く突き刺した。
その暑さに士郎はよろめいてしまった。嘲笑うかのような蝉の声が煩い。そのまま地面にしゃがみ込んで、両手で耳を塞いだ。
聞こえない。聞こえないよ。聞こえなくてもいいものばかり聞こえて、聞きたい、聞きたいものが、君の声が、聞こえないんだ。
日差しは勢いを衰えさせる様子もなく、蝉は一層騒がしく鳴き立てる。士郎もさらにぎゅっと縮こまった。誰かからの、誰かへの、届かなかった声を探すように。
耳鳴りは、止まなかった。
2011.6.29
2013.5.14 修正