黒くて大きくてかっこいい五月人形の真正面は、いつも二人で取り合いだった。写真を撮るときですら、二人で真ん中に座りたがった。
「一人ずつ撮ろうか?」ってお母さんが苦笑いで聞いてくれるんだけど、その質問に僕とアツヤは揃って首を横に振る。せっかくだから、二人で写りたいんだ。
 でも、アツヤに真ん中を取られるのは嫌だった。多分、アツヤも同じことを考えてたんじゃないかと思う。きゃいきゃいと真ん中の取り合いを続ける僕とアツヤを見て、お母さんは「仲がいいのね」と言って笑っていた。
 最終的に僕らのどちらかが真正面に座って、もう片方がその隣に座るという、五月人形とセンターラインが揃わない写真を撮ることになる。僕はアツヤが真ん中の時はちゃんと我慢したのに、アツヤは僕が真ん中の時まで出しゃばろうとしてきた。
 さんざん騒いで疲れたから、僕は庭に出てこいのぼりを眺めていた。あの一番大きくて黒いのはお父さん。黄色いのはお母さん。そして僕は青いので、アツヤは赤いのだ。青いこいのぼりの方が赤いこいのぼりよりも大きかったから、僕はなんとなく嬉しくなった。

 お父さんに新聞紙で兜を作ってもらったアツヤが来た。
「かっこいいだろ」
 アツヤは自慢してくる。
「あっ、いいなあ」
 僕にも被らせて、と手を伸ばすと、嫌だ、と断られてしまった。
「かぶらせてってば」
「いーやーだー!」
 これまた二人で兜の取り合いをしていると、突然強い風が吹いて、青いこいのぼりを飛ばしてしまった。
「ああっ」
「ぼくのこいのぼり!」
 綱から解放されたのが嬉しいのか、こいのぼりはどんどん遠くに飛んでいってしまう。見つめること以外に何もできないでいると、アツヤが僕の手を取って走り出した。
「にいちゃん、おいかけよう」

 僕たちは青いこいのぼりを追って必死に走り続けた。家から少し離れたところにある川の近くでぱたりと風が止んで、こいのぼりは川に落ちて流れていってしまった。
「あーあ……」
 橋の欄干から川を覗き込んで僕たちはため息をついた。これじゃあこいくだりだよ、と落ち込んでいると、急に視界が真っ暗になった。
「わあっ、なになに?」
「にいちゃんにやる」
 頭に手を置くと、さっきまでアツヤが被っていた兜があった。
「……いいの?」
 聞くと、アツヤはくるりと後ろを向いて頷いた。

 二人で手を繋いで家に帰ると、お母さんが「また買ってあげるからね」と言ってかしわもちをくれた。
 かしわもちはおいしくて、アツヤのくれた兜はあったかくて、こいのぼりが飛んでいって落ち込んだことなんてすっかり忘れてしまった。


ほら、手、繋いどけよ





title by 確かに恋だった


2011.5.18


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