生存設定
成人パロ





 本日三本目になるカクテルの缶を空にして、アツヤは机に突っ伏した。
「おいアツヤ、そろそろやめとけ」
「うるせえっ」
 アツヤは顔を赤くして大きな声で染岡に反抗した。ああもう酔ってるな、と染岡は思った。
 アツヤだって、染岡は酒に弱い自分のことを心配してくれていることは分かっているし、急に染岡の家に来て「酒に付き合え」なんて言って付き合わせて申し訳ないとも思っている。
 それでも、出掛ける前の士郎のあの幸せそうな笑顔を思い出すと、急にやるせなくなって心の中で毒付いた。
「(お前に、兄ちゃんが取られた気持ちが分かるわけねえだろ……)」

 そもそも、なぜアツヤは染岡の家にいるのだろうか。それはアツヤが士郎と夜桜を見に行こうとしたところから始まる。

 ちょうど雲もなく満月な上に暖かい夜。今日行かなければ他にいつ桜を見に行く日があるだろうか、というほどの絶好の花見日和だった。
 士郎と一緒に桜を見ながら酒でも飲んだらどんなに美味しいだろうと思いついたアツヤは、近くのコンビニで酒の缶を買い込み、軽い足取りで士郎の家に向かった。
 早く早く、そう士郎の住むアパートの階段を登っていくと、士郎と誰かが楽しそうに話をしているのが聞こえた。
 アツヤは嫌な予感がして慌てて階段を登り切ると、そこに見えたのはドアの鍵を閉める士郎と、その奥の、夜の暗がりでもよく目立つ、燃えるような赤髪だった。
「ど、どこ行くんだよ士郎」
 そんな馬鹿な、どうして士郎が、俺とじゃなくて――
「へっ、残念だなアツヤ。士郎は俺と花見だ」
 士郎に一歩近付いたアツヤの肩を両手で強く押し返して、その赤髪――南雲は言った。
 アツヤは間髪入れずその手を振り払う。
「ふざけんじゃねえ! 南雲の分際で士郎と花見なんて……」
 アツヤは縋るような目で士郎を見たが、
「ごめんアツヤ。……南雲くんが先だから」
 と一瞥されてしまった。
 その一言でアツヤは絶望の淵に突き落とされて、しばらく身動きが取れなかった。
 勝ち誇った表情でさりげなく士郎の手を握る南雲に怒りの念を抱くより先に、士郎の幸せそうな顔に胸が締め付けられた。

 どれくらいそこに立ち尽くしていただろうか。
 突然アツヤは力任せに強く壁を殴ると、「うるさいぞ!」という怒鳴り声もろくに聞かず走り出した。

 そうしてアツヤは染岡の家に来た。ドアを開けた時のアツヤがあまりの剣幕だったため染岡は酷く驚いたが、アツヤに事情を聞いて、ああはいはいと、二つ返事でアツヤを家に入れた。
 半分はアツヤへの同情で、もう半分はコイツをこのまま野放しにすると御近所様に迷惑だという合理的な判断で。

 もうアツヤの愚痴を聞き飽きてしまった染岡は、アツヤが机に突っ伏したままなのをいいことに、携帯音楽プレーヤーから伸びるイヤホンを耳に突っ込んで、窓を開けて黙って居間を出て行った。
 甘い香りを漂わせる風が入ってきて、寝かけていたアツヤの横髪を揺らす。頬を撫でられてアツヤは目を覚ました。
 まるで慰めてくれるかのような風の優しさは、アツヤの荒んだ心にはむしろ沁みた。
 テレビでは管絃の優雅な調べをバックミュージックに夜桜会の様子が映されている。
 兄ちゃんは今頃楽しそうにしてるんだろうな。その隣に俺が居れたらどんなに良かったか、と思うと、酒が効いているのか、アツヤは泣きそうになってしまった。
 それを抑えるように新しい缶を開けて一気に呷る。
 未だ慣れない独特の苦味が喉を伝う。今度こそふわりと思考が浮いて仰向けに倒れ込んだアツヤの目尻に、抑えきれなかった涙が滲んだ。


好きって、苦しいんだな


 ぐるぐると頭の中に渦巻くのは、目が眩むほど美しい夜桜の風景と、幸せそうな士郎の笑顔と、望んでも叶わない恋の苦さ。





title by 確かに恋だった


2011.5.4
2013.10.7 修正


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