吹雪家生存
高校生パロ、色々捏造





 俺はイライラしていた。大きくため息をつき、頭の後ろで手を組んでぼふっと椅子に座り直す。後ろのヤツが「うわっ」と言うのが聞こえたけど気にしない。いや、気にできない、と言った方が正しいだろう。それくらい、俺はイライラしていたのだ。

 沈んでいく俺の気持ちとは裏腹に、盛り上がっていく車内のテンションに苛立ちを隠しきれない。今ひときわ黄色い声が上がった方を振り向くと、案の定たくさんの女子に囲まれた士郎を見とめることができた。
 いくらくじ引きで決めた席順とはいえ、どうしてこう俺も士郎もくじ運がないのだろう。畜生。未だにキャーキャーうるさい女子の真ん中にいる士郎に目を向けていると、士郎が俺の視線に気付いたらしく、ぱちんとウインクを送ってきた――のが見えたのは一瞬で、士郎はまたすぐに女子に取り囲まれてしまった。本当、懲りないヤツらだなあ。
 でも、今の士郎の行動で、士郎は俺との約束を忘れてないということに気が付き、少なからず優越感を覚えた。隣の烈斗に「どうしたんだよ、ニヤニヤしちゃって」と聞かれるくらいには。
 なんでもねえよっ、と思いきり烈斗の背中を叩いてやると、その小気味良い音につられて、バスの中はさらに騒がしくなった。

 そもそもなぜ、俺はイライラしていたのか。今は有名な観光地に向かう修学旅行のバスの中。誰もがテンションが上がるはずのシチュエーションの中、なぜ俺は一人悶々としていたのかというと、今回の修学旅行では悉く士郎と一緒にいられないからである。
 俺たちは同じクラスなのに、今のようにバスの席は遠いし、班別行動の班も同じでなければ、宿舎の部屋どころか、階だって違う。その事実を知った時、俺と士郎は二人で愕然とした。しかし、一つだけ、二人きりになれるかもしれないチャンスがあることに気が付いた。そして俺たちは約束したのだ。
 『何があっても二人きりになろう』と。
 だから俺はその時をひたすら待つ。まだ修学旅行は始まったばかりだというのに。士郎と一緒にいられないのなら、どんなにすごい観光名所だって、見る価値なんかないのだ。

 日程が進んできて夕方になり、朝はうるさかった車内も少しは落ち着いてきた。それと対照に、俺の心はそわそわして落ち着かない。またも烈斗に「どうしたんだよ」と聞かれてしまった。また「なんでもねえよっ」と背中を叩いてやろうかと思ったが、今はそれどころじゃないから叩いてやれなかった。
 やがてバスが止まると、うつらうつらしかけていたクラスメイトたちは、担任の「一時間後に出発するからな」の声も聞かず、水を得た魚のようにバスの外に飛び出した。
 さあ、士郎はどこだ。わざとらしく目の上に手をかざして士郎を探すと、やはり士郎は女子に囲まれていた。さすがは吹雪士郎親衛隊である。しかし今この時を逃せば、俺はこの三日間、泣いて暮らすことになる。
 あの集団から士郎を引っぱり出そうと一歩踏み出した瞬間、俺は文字通り目の前に立ち塞がる第二の壁に気が付いた。さっきまでイライラと優越感で忘れていた憂鬱が俺を襲う。
(げえっ……)
 そいつらは気持ち悪いくらいニコニコと俺を見つめ近付いてくる。俺がこの高校に入ってからというもの、士郎同様俺にも追っかけがつくようになったのだ。
 士郎につきまとう女子を振り払うのも大変だが、俺につきまとってくるのはなぜか女子だけじゃなくて(ヤツらにそういう気は無いんだろうけど)男子も多くて、足が速ければ力も強いから、ヤツらから逃げるのも大変だ。
(と、とりあえず……)
 俺はひきつった愛想笑いを浮かべて後退りをしながら、どうにか抜け出せる隙間がないか探した。なんとか人が一人通れそうな隙間を見つけると、俺はそこへ突っ込んだ。そして未だに人だかりの中から抜け出せないでいる士郎の襟をひっ掴んで、そのままお土産売り場に飛び込んだ。あまりのことに俺たちの追っかけもついてこられないようだ。どうだ、参ったか。
「アツヤ、もういいんじゃないかな」
「お、そうか」
 微かに士郎の声が聞こえたから、あまり人がいないところで士郎を下ろしてやる。俺はすっかり疲れきっていたが、嬉々としてお土産選びを始める士郎(しかも一つ一つ手に取ってはじっくり観察するんだ。小首を傾げるあたりがなんとも可愛らしい)を見て、それも吹っ飛んだ。
「ねえねえ、この夫婦茶碗はお父さんとお母さんのね」
「えっそれ前も買わなかったか?」
「この間お父さんが割っちゃったんだってお母さんが言ってた」
「ええ? またかよ……これで何個目だ?」
「うーん……少なからず三つは割ったね」
 じゃあこれは決まり、とその夫婦茶碗をカゴに入れる士郎の隣で、俺はたまたま目についた熊のストラップを手に取った。
「あっそれ、僕もいいなと思ってたんだ」
「じゃあ二つ買うか」
「そしたらアツヤとお揃いになるね!」
「なっ……!」
 それは何気ない提案だったのに、士郎の『お揃い』の言葉を聞いた瞬間、俺は驚いて手に持ったストラップを落としてしまった。
「うわっ、アツヤ大丈夫?」
「あ、ああ……」
 途端に駆け足になった心臓がうるさい。おまけにストラップを拾う時に僅かに触れた手が熱い。一日話をしないだけで、普段しているような些細なことに、こんなにどきどきしなければならないのか。
 恥ずかしくていてもたってもいられない俺は、士郎の手からカゴをひったくってレジまで持っていく。手の空いた士郎が恋人のように腕を絡めてきたが、さすがにカゴは落とせなかった。まだ買ってない夫婦茶碗を割る訳にはいかない。
 会計をしていると、遠くから俺たちを探す追っかけたちの声が聞こえた。俺はそっと今日何度目かのため息をつく。二人きりの平和な時間も、あと少しだ。


手を握り逃飛行





企画「イナズマ高校生」さまに提出


2011.3.27 修正
2019.3.11 修正


- ナノ -