生存設定





 士郎が本を読み始めた。
 こうなると、本を読み終わるか、何らかの原因で本を読めなくなるまで士郎は自分の世界に浸ったきり帰ってこない。俺は僅かな希望を持って士郎の前で大きく手を振ったりお菓子をちらつかせたりするが、駄目だ、全く効果がない。
 ……つまらない。
 俺は足と腕を組んで、どかっと士郎の隣に座る。非常につまらない。士郎と戯れることが俺の生き甲斐のようなものなのに、それができないのはとても退屈で苛立たしい。何度視線を送っても、本のページをめくる以外に殆ど動かない士郎に、とうとう俺は強行手段をとることにした。左手をそっと本に向かって伸ばす。

 本を読んでいたら、本が突然視界からログアウトした。何が起きたのか分からなくて目をしばたたかせていると、いつの間にか僕の隣に座っていたアツヤがずいっと顔を近付けてきた。
 なんだろう。とても不機嫌そうだけど、今、ちょうど面白いところなんだ、その本。
 返して欲しい、との念を込めて本を見つめていると、アツヤはそれに気付いたらしい。だけどアツヤは僕の意に反して、本を閉じて机に置いてしまった。
 ああ、まだ読みかけなのに!僕の心の叫びも虚しく、アツヤはさらに僕に近付いてくる。その分僕はアツヤと距離をとろうとするけれど、アツヤにがしっと肩を掴まれて逃げることができない。だけどアツヤはある程度の距離でぴたりと近付いてくるのをやめた。
 そして、僕と同じブルーグレイの瞳でじっと僕の目を覗き込んでくる。視線がばちりと合って、恥ずかしくて顔が赤くなってしまったのが自分でもよく分かった。こんな至近距離だから殆ど意味はないんだけど、赤くなってしまったのを少しでも見られないように視線を俯けると、さっきまで読んでいた本が目に入った。ぼうっと本を眺めていても、アツヤの視線をばちばちと感じる。
 ……ああ、そうか。
 その本にあった、「視線を読む」ということの意味。僕はようやくアツヤがどうしたいのかを理解した。お詫びの意味を込めて一度アツヤに笑いかけ、ゆっくりと目を閉じて来るべきアツヤの感触に心を寄せた。


まだ慣れないの、その視線


(う……予想以上の反応……)


2011.2.26
2018.11.10 修正


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