川沿いの道を走っていると、河川敷の土手に見覚えのある後ろ姿が見えた。
「おーい、吹雪!」
 俺はその名を呼んで大きく手を振る。俺の声に振り向いた吹雪は聞いてきた。
「何してるの?」
「見りゃ分かるだろ、走ってるんだよ」
 少し間の抜けた吹雪の質問に、俺は笑って答える。吹雪も俺の答えを聞いて気が付いたらしく、えへへ、そうだねと頭を掻いた。
「吹雪こそ何してんだ?」
「えっ、ううん、僕は特には……」
 吹雪はわざとらしく俺から視線を外す。そしてその手の中にあるのは、サッカーボール。ああそうか、分かったぞ。
「染岡か円堂と練習しようと思ってたんだろ」
「えっ」
 吹雪は目を丸くして俺を見つめる。かなり驚いてるみたいだけど、俺はそんなに驚くべきことを言ってしまったのだろうか。
「……それよりさ、」
 吹雪はまた視線を落として言った。僅かな静寂の間に、風が優しく髪を揺らす。
「風丸くん、まだ走る?」
 言われてさっきまで俺はこの界隈を走っていたことを思い出した。
「ああ、あと一周――あの橋を渡って、またここに戻って来る」
「ふうん」
 じゃあ、と吹雪は立ち上がりズボンに着いた草を払った。
「僕も、走ろうかな」
「でも、結構な距離だぞ」
 俺は向こうの橋を指差す。
「あはは。平気だよ、それくらい」
 こう見えて体力には自信あるんだからね、と吹雪は笑った。俺も笑い返す。
「それじゃ、行くか」
「うん!」

 まだ冬は明けないが、それでも少しだけ春の予感がする午後。
 優しい匂いを胸いっぱいに吸い込んで、むせかえしそうになりながら、俺の少し後ろをついてくる吹雪と一緒に走る。楽しかった。長いコースだけど、いつもよりずっとずっと短く感じた。ちらっと振り返ると、吹雪も顔をほんのり赤く染めながら楽しそうにしていた。
 ずっとずっと、走っていられるような気がした。髪を舞い上げ草木を揺らす風が、優しく照らす日の光が、全てが気持ち良かった。

 吹雪と出会った地点に帰ってきて、俺たちははあはあと喘いでなんとか息を整える。
「意外と辛かったね」
「だから言っただろ?」
 俺は土手に座り込み、ジャージのファスナーを開け襟元を掴んでぱたぱたとする。俺の隣に座った吹雪も手で顔に風を送っている。
「……でも、君と走れて良かったな」
 まだ汗をかいて赤い顔のまま吹雪が言う。俺は首にかけていたタオルで額の汗を拭いてやる。すると吹雪は照れたようにへにゃりと笑った。
「ありがとう」
 どういたしまして、と頭に言葉が浮かんでくるより前に吹雪は俺に寄りかかって寝始めてしまった。
「……風邪引くぞ」
 俺はジャージを脱いで吹雪に掛けてやる。ついでに髪を撫でると嬉しそうに、子どもみたいに微笑むから、ちょっとどきっとして吹雪が直視できなくなった。


ずっと君と走るよ


2011.3.27 修正
2019.3.11 修正


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