生存設定





 誰もが眠気を催す五時間目。そして社会の授業なんて言ったら尚更だ。俺も例に洩れず、飛びそうになる意識をかろうじて保たせて板書だけは写していた。すると突然誰かに肩をつつかれたからびっくりして眠気はどこかに吹っ飛んでいってしまった。
「アツヤ」
 誰かと思ったら、俺の右隣に座る士郎だった。士郎はひそひそ声で続ける。
「ねえ、教科書見せてくれない?」
「へ? 士郎がそんなこと言うの珍しいな」
 忘れたのか? と聞くと、
「えへ、そんなとこ」
 とはにかんだ笑みを浮かべる。俺は士郎が見やすいように教科書を右側へ寄せてやった。
「ありがとう」
 申し訳なさそうに眉を下げて(別にそんな顔しなくたっていいのに)士郎が言うと、授業担任が教科書の56ページを開けと言った。士郎が首を傾けて教科書を覗き込む。同じように俺も教科書を見たら、士郎と肩が触れてどきりと心臓が跳ねた。しかし士郎をちらりと一瞥すると、士郎はさほど驚いてはいなかった。否、士郎にとってはそれどころじゃなかったんだろう。教科書を忘れてしまったからか、いつもに増して授業態度が真剣だ。あのどんくさい授業担任の板書と解説よりよっぽど詳しそうだぞ、そのノート。
 ふと眠気が再び襲ってきて欠伸が出そうになったけれど、この真剣さの隣では噛み殺すしかなかった。もう一度士郎を見やると、教科書と黒板を見やすいようにか、髪の毛を左耳にかけ眉を寄せて何かを考え込んでいて、俺は思わず見入ってしまった。いつもなら髪に隠れて見えない耳が見えているからだろうか、その横顔には不思議な魅力があった。

 あまりにも見入ってしまっていたらしく、授業担任の話がいつの間にか雑談になっていたのに全く気が付かなかった。
 また右肩に何かが触れた。見るとそれは士郎の頭だった。さっきまで真剣になって疲れたのか、それともあの雑談を聞くのは無駄だと判断したのか(いつもならあんな雑談だってしっかり聞いてるのに)、士郎は俺の肩に頭を乗せている。
「(……っておい! 今授業中だぞ)」
 俺は士郎の頬をつついて起こそうとして左手を伸ばすが、あまりにも寝顔が可愛らしいのでやめてしまった。やり場のなくなった左手は宙を彷徨うが、士郎の髪の毛から漂う良い匂いに誘われた俺は士郎の頭を撫で、結局その手で頬杖をついて目を閉じるのだった。


たまにはいいよね


2011.3.27 修正
2019.3.10 修正


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