生存設定
始めは、アツヤのことなんかどうとも思ってなかった。私はサッカー部のマネージャーだから少し話をする程度で、例え少しの会話でも口が悪くてがさつなアツヤのことは、寧ろ嫌いだった。
ある日、休憩時間に部員が飲むドリンクのボトルを籠に入れて運んでいると、地面に足を引っ掛けて転んでしまった。強く地面に擦ったようで、痛みに負けてしばらく動けないでいると、多分居残りでもさせられていたのだろうアツヤがやって来た。うわ、なんでこんなタイミングで来ちゃうんだろう。どんな嫌味を言われるのだろう、とそっぽを向いたままでいると、
「大丈夫かよ」
と声が降ってきて、私はびっくりして思わず顔を上げた。アツヤは散らばったボトルを拾い集めて、籠に入れてくれていた。ボトルを拾ってくれたことに、そして私を心配してくれたことに驚いて何も言えずただアツヤを見つめていると、彼は唐突に
「パンツ見えてるぞ」
と言った。
「さ、最低!」
慌ててスカートを押さえて叫ぶけど、その時にはもうアツヤは部室の方に消えていた。私はため息をついて立ち上がる。今度絶対アツヤには特別不味いプロテインを飲ませてやろうと思いながらも、何故か心は温かかった。
有り得ない、そう思いつつもその時から確実にアツヤに惹かれていったと思う。洗濯物で両手が塞がっている時にドアを開けてくれたり、ボール磨きを手伝ってくれたり、アツヤには意外と優しい面があることに気が付いた。そして、よく見たらカッコいいかも……と思ってしまった時にはもう駄目だった。
相変わらず嫌味の応酬はしながらも、その時からずっと私はアツヤのことを目で追いかけるようになったし、誰よりもアツヤの活躍を願うようになった。
ある日の部活中のこと(私はその日もずっとアツヤを見ていた)、アツヤはボールを取り損ねて派手に転んでしまった。
「ああっ」
思わず声が上がる。周りの部員もアツヤを心配して動きを止めたが、アツヤはすぐに立ち上がり
「おい、立ち止まってんじゃねえよ」
と言って練習を再開しようとした。しかし、周りは傷を綺麗にするくらいはしてこい、とアツヤを咎める。するとアツヤは
「大丈夫だっつってんだろ!」
と怒鳴った。これが発展して喧嘩になったらマズい、と思った私は走って彼らの間に割り込んだ。
「大丈夫じゃないでしょ」
ずっと見てたんだ、アツヤのこと。転んだ時にすごく痛そうな顔したの、私は知ってるんだよ。
「ほら、早く洗ってきて」
私が催促すると、アツヤは練習を続けるよう部員に言って、しぶしぶ部室近くの水道まで歩いて行った。
私が救急箱を持って行った時には、アツヤはもう水で傷を洗い水道の近くにあるベンチに座っていた。アツヤの前にしゃがみ込み改めて傷口を見たけれど、あまりにも生々しい傷口を長くは見ていられなくて、僅かに視線を逸らした。
「こんなに擦りむいてるのに、よく平気だなんて言えるよね」
ため息混じりにそう言って救急箱に手を伸ばすと、アツヤに手首を掴まれた。アツヤはそのまま何もしないから、どうしたんだろうと思って俯き加減のアツヤの顔を見つめていると、突然ぐいっと強い力で引っ張られた。膝の傷に触れてはいけないと、私はとっさに空いている方の手をベンチにつく。
何が起こったのか分からなくてしばらく引っ張られたままでいると、ふと額に柔らかい感触があることに気が付いて、私はばっとアツヤから離れた。見れば、アツヤはしてやったり顔だ。
もしかしたら、見透かされてたのかな。私がアツヤを好きだってこと。
でも、そしたら、今の行動の意味は――?
そこまで考えて、嬉しさよりも恥ずかしさと悔しさが先に立ってしまった私は、熱を帯びている顔に早く冷めろ、と念じながら、
「ほら、足出して」
と言った。
「ほらよ」
私が何も言えないのが気に入ったのかアツヤは未だににやにやと笑っている。私はアツヤの傷口に向かって思い切り消毒液を吹きかけてやった。
2011.5.12
2019.3.3 修正