目が回るような忙しさだった一週間を終え、私はやっとひと息つける休日を過ごしている。ちょっと遅めに起きて、適当にテレビをつけてゴロゴロしていた。しかしそれは突然鳴ったドアチャイムに遮られることになる。
「(こんな時間に……誰だろ)」
 はーい、と答えてドアを開けた。するとそこには、
「えへへ……おはよう」
「わ、士郎くん!」
 目尻を下げて可愛らしく微笑む私の彼氏――吹雪士郎がいた。小綺麗な彼の格好を見て、次に私は自分の格好を見た。ものの見事に部屋着である。
「……ごめん、こんなカッコで」
「いいよ、そんなこと」
 気にしないで、と彼は言ってくれた。ううん、優しいなあ、士郎くんは。
「ね、とりあえず、上がって」
 私が言うと、士郎くんはおじゃましますと言って靴を脱いだ。士郎くんは箱が入った紙袋を持っていた。けっこう綺麗な箱だけど、何が入ってるんだろう?

「適当に座ってて」
 私は彼を居間に通し、台所に行った。急いでお湯を沸かし、食べようと買っておいた焼き菓子を皿に並べる。
「お茶なんて用意してくれなくていいのに」
 彼は遠慮して言った。
「いいのいいの、どうせ私今日暇だし」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
 私が言うと、士郎くんは近くの椅子に座った。
 お茶の準備ができてテーブルにつくと、私は士郎くんに紅茶をすすめた。士郎くんは砂糖を加えくるくるとスプーンでかき混ぜると、数回息を吹きかけて紅茶を飲んだ。
「ん、おいしい」
 士郎くんが感心して言うのを聞いて、私はほっとした。
「良かったら、お菓子も食べて」
「うん」
 言うが早いか、士郎くんは皿に手を伸ばして焼き菓子を手に取っていた。それを夢中で食べる士郎くんを見てかわいいなと思った。
 私は自分のカップを両手で持ち、口をつけた。ほんのりと幸せと温かさが私の体の中を巡っていく。私がカップを置くと士郎くんは既にお菓子を食べ終わっていた。そして徐にリモコンを手に取ると、テレビのスイッチを切ってしまった。
「あれ、いいの?」
 私が見ていたバラエティ番組はいつの間にかサッカーの試合の中継に替えられていたけど、士郎くんはもういいとばかりに消してしまった。
「せっかく来たんだから」
 久しぶりにお話ししたいしね、と士郎くんは言った。その言葉に私ははっとした。
「……ごめん、メールも電話もできなくて」
 昨日までの私の生活を思い出した。バイトもあったし、学校もあったし、士郎くんに連絡をとろうと思える暇もないほど、私は忙しかったのだ。
「ま、直接会って話せることが一番楽しいからいいんだけどね」
 私たちはしばらく世間話をした。久しぶりに私と話ができたのが士郎くんは嬉しいのか、頬が微かに赤く染まっている。それはきっと私も同じなんだろう。

「ふう、楽しかった」
 何杯目かのおかわりを飲み干して、士郎くんは言った。時計を見ると、既に一時間が経過していた。士郎くんが紙袋を持って立ち上がり歩き出したから、もう帰っちゃうのか、とふと寂しい気持ちが私を取り巻く。
 しかし士郎くんは私の隣まで来ると立ち止まった。
「実は僕、君に渡したいものがあって来たんだ」
 士郎くんはそう言って紙袋から箱を取り出す。
「えっそれ、私のなの?」
 非常に間の抜けた声になってしまった。すると士郎くんはため息混じりに言った。
「誕生日でしょ、今日」
 言われて初めて今日が私の誕生日であることに気がついた。自分の誕生日すら忘れてしまっていたなんて、よっぽど忙しかったんだなあ。
「あ、ありがとう」
私は今さらながら士郎くんにお礼を言い、開けていい? と聞いた。士郎くんが頷くのを見て、私は丁寧に包装紙を剥がし、蓋を開けた。そこには、
「こ、これ……」
 士郎くんは私の目を見て頷いた。
「そ。君がずっと欲しがってた靴だよ」
 私は感動した。以前士郎くんと街を歩いていた時、あるお店で目に入ったこの靴がすごく可愛くて、でも値段はあの日の私たちの所持金じゃとても買えるものじゃなくて……。
「ありがとう、士郎くん!」
 あまりにも嬉しすぎて涙が出そうになる。
「プレゼントは、これだけじゃないよ」
 士郎くんはやわらかく笑いそう言った。私はこの靴をもらえただけで十分なのに、士郎くんは私にまだ何かくれるようだ。
 突然、ふわりと士郎くんの香りが舞った。顔を上げると、唇と唇が重なった。驚いて離れようとすると、士郎くんは片手を私の頭に回した。そのまま髪を二三度梳かれ、私はその優しい手つきに落ち着いた。やがてゆっくりと唇が離れると、
「ふふ、びっくりした?」
 士郎くんは首を傾げにこにこ顔で私に聞いた。私は真っ赤であろう顔を見られたくなくて、視線を逸らして、
「したよ……」
 とやっとやっと答えた。すると士郎くんは、これまた嬉しそうに
「じゃあもう一回」
 と言って私の頬に手を添えた。そして今度はゆっくりと、さっきよりも優しく口づけをした。


温かい幸せをひとさじの砂糖と溶かして


 私の飲みかけの紅茶のカップの底には、幸せが溶けきれず残っている。





企画「メロウ」さまに提出


2011.3.27 修正
2019.3.3 修正


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