「きゃっ!」
一瞬体が軽くなったと思ったら、次の瞬間、私は持っていたコーンを取り散らしてしりもちをついていた。
そして私の目の前には、足首を押さえて苦悶の表情を浮かべる雪村の姿。
雪村に肩を貸して、私たちはなんとかベンチまで歩いた。雪村は終始「大丈夫だ」って言っていたけど、これは捻挫なのかな、上手く足が着けないみたいでものすごく心配。
ベンチに座った雪村が靴とソックスを脱いで足を伸ばす。足首が明らかに腫れているのが分かった途端、私の目に涙が滲んだ。
「……っ、ごめん」
両手で顔を覆っていても、雪村が顔を上げるのが分かった。なんで泣くんだよ、とでも言いたげに。
だって、だって雪村に怪我をさせたのは私の所為だ。雪村が一人残って練習しているところを、まさか遠くの私の方まで走って来るとは思いもしないで。私が練習機材を片付けるためにグラウンドを横切った時、ちょうど雪村もボールを追いかけて走ってきた。そうして私たちは盛大にぶつかってしまったのだ。
私が怪我すれば良かった。
突然、そんな思いが頭を過ぎった。そうだ。雪村の代わりに、私が怪我をすれば良かったのに。
雪村は練習が終わると、いつも一人残っていた。練習中に上手くできなかったことや必殺技などを、繰り返し繰り返し浚っていく。雪村のその熱心さとサッカー好きを、私は感心の目で見ていた。
そこにまさかのこの怪我だ。しかも、よりによって足にだなんて。
完治するまで、万が一を懸念して、殆ど運動はできないだろう。ましてや、サッカーなんて、激しいものは。
「ごめんね……」
私はもう一度呟いた。いくら謝っても謝り足りないくらいだ。嗚咽も止まらない。
あんなに頑張り屋でサッカー大好きな雪村が、サッカーできないなんて。
ただ謝って泣くばかりで、雪村と身を代わってあげられもしない、そんな私をどう思っているのか、雪村は何も言わず、ただベンチに座っていた。
すると突然、その雪村が
「ああ、もう!」
と言って立ち上がった。
そして、靴はいつ履き直したのか、私の手を引いて歩き出した。
「ちょ、ちょっと、雪村!」
雪村に引きずられるようにしながら、私は雪村の歩き方がやっぱりおかしいことに気が付いた。
突然手を握られたことよりも、私の想像以上に雪村の足が痛そうなことにびっくりしてしまって足を止めるけれど、その力はどこから湧いてくるのか、ずんずん歩いて行く雪村に、立ち止まることは叶わず、やっぱり引きずられてしまう。
「雪村!」
痛くないの? 大丈夫なの? 無理してない?
また、涙が零れる。
すると、雪村が一つ大きなため息を吐いてから言った。
「……俺たちのサポートするはずのマネージャーが、そんなくよくよしててどうすんだよ!」
「え、」
見上げた雪村の顔には、痛さや辛さといった色は見当たらなかった。そして雪村は俯くと、小さな声で何かを呟いた。こんなに近くにいるのに、内容が聞き取れない。
「え、なに?」
「…………なんでもない! そんなに悪く思うなら、早く保健室連れてって手当てしろよな」
そう言い放つと、雪村はまたぷいっと後ろを向いて歩き出す。
雪村が私の手を握る力がさっきよりも強くなったから、今更、雪村と手を繋いでいるということを意識してしまって、雪村が何を言ったのか考える暇もなく、何故だかすごく恥ずかしくなってしまった。
「……俺が足挫いたのは、上手くボール捌けなかったからだよ……」
2012.4.9
2019.3.3 修正