「えーっ、今年も行けないの?」
『悪いな』
「今年は行けるって言ったじゃない」
『この時期は急に予定が入ることがよくあるんだ』
「……分かったよ、一人で行くから」
『気をつけてな』
「うん」
 炎山から掛かってきた電話を切って、ため息をひとつつく。明日は秋原町の夏祭り。私は炎山と一緒に行く約束をしてて、すごく楽しみにしてたけど、炎山は急に仕事が入ってしまったようで、行けないと言われてしまった。
(炎山が忙しいのは、よく分かってるけど……)
 去年もまた別件で炎山は来れなかった。来年は絶対行くから、って約束したのに。せっかく、浴衣も新しくしたのに。今日は俄然、納得がいかなかった。

 翌日、朝から秋原町は賑やかだった。大きな夏祭りゆえ、町民の楽しみもひとしおなのだ。子ども達のはしゃぐ声が響きわたり、町民の待ち遠しさをさらに募らせる。私はそれを、両手を握りしめながら見つめていた。メイルちゃんは熱斗と行くって言ってたし、他の友達も既に先約がある。
 ……分かってる。一人で行くお祭りほど、虚しいものはないと。それでも、何かあるかもしれないという期待と、どうしようもできない焦燥感に、私はきっとお祭りに行くだろうとぼんやり考えていた。

 空の色に赤みがかかってきた頃、とうとう待ちきれなくなって急いで着替えて外に飛び出した。祭囃子に誘われるがままに歩いた。やがて提灯が連なりあっているのをくぐり抜け、屋台が立ち並ぶ通りへ入った。すれ違う人は皆、はじけるような笑顔だ。
(……私だって……、私だって!)
 半ば自棄になりながら、人の波に逆らって先へ先へ行こうとした。どこかで笑い声があがる。突然罵声が飛び交う。しかしそれを気にする余裕は全くなかった。
 やっとの思いで人混みから逃れられると、そこは河原に面した土手だった。地面が濡れていないかよく確かめてから用心深く腰掛ける。土手に座り込むのと同時に、やるせなくなって両手に顔を埋めた。手で覆った目からは涙が流れてくる。どうして今夜ぐらい会えないのか。去年の約束は何だったんだろう?
 考えれば考えるほど惨めになって、涙はどんどん溢れてくる。

 そんな中だった。ひとつの足音が近付いてきたのは。

「こんなところにいたのか」
 その足音と声は、今私が一番待ち望んでいた人のもの。
「炎山……」
 炎山は私の隣まで歩いてくると、私と同じように土手に座り、
「悪かったな」
 と率直に謝った。
「仕事は……?」
 と掠れた声で聞くと、炎山は
「終わらせてきた」
 と答えた。さすがの炎山でも一日で終わらせられる量じゃないと思っていた私は、驚いて炎山の顔を見つめた。
「……泣いていたのか」
 本当に申し訳ないと思っているらしく炎山が私から視線を外して言う。
「寂しかったんだから」
 拗ねたように小さく呟くと、涙と言葉は次から次へと溢れてきた。
「だって……炎山、今年は一緒に行ってくれるって……! 私、すごく楽しみにしてたの、なのに、急に、仕事入ったって」
 話し始めたら炎山の顔が見れなくて、私は下を向いて地面に向かって叫ぶ。私が言い終わると、炎山は私の頭を優しく撫でてくれた。突然の炎山の行動に驚いて顔が赤くなってしまって、余計に、顔が上げられない。炎山は何も言ってくれないから、ものを言うにも言えない。
 どうしよう、と困っていると、ひとつの大きな華が夜空に咲いた。私は振り向いた。涙の雫が、空に散る。
「……やっぱり、……だな」
 炎山が小さく何かを呟いた。しかしそれは次々と咲き誇る花火の音にかき消されてしまって聞きとれなかった。私は期待の目で炎山を見つめたけれど、何か疚しいことでもあるのか、わざとらしく視線を逸らして何も言ってくれなかった。
 炎山が言ってくれないなら仕方ない、とその肩に頭を乗せたら炎山は私の肩を抱き寄せてくれて、その温かさがただ単に嬉しかった。


消えた夏祭り


2011.3.28 修正
2019.3.11 修正


- ナノ -