「う、わあ……」
 朝から土砂降りの雨。せっかく用意しておいた笹が雨に打たれて情けなくうなだれている。七夕飾りも短冊も丸まったり、落っこちたりとみすぼらしくなっている。
 実はこれらは私一人でやったんじゃなくて、数日前にみんなで集まって飾り付けたものなのだ。
(せっかく頑張って作ったのになあ……)
 笹のように私もうなだれていると、炎山から電話がかかってきた。
「もしもし……」
「名前か、……元気がないな」
 声色から私が落ち込んでいるのを読み取ったのか、炎山は私を気遣うように言った。
「雨がすごくて」
「だろうな。……もう短冊も笹も駄目か?」
「ううん、まだなんとかなってる」
「そうか」
 じゃあ、と炎山は切り出した。
「夕方、もし晴れるか小雨になるかしたら俺のところに来い。他のヤツらも集めておくから、名前は笹を持ってきてくれないか」
 炎山が何をしようとしているのか私には分からなかったけれど、炎山には炎山なりに何か考えがあるんだろうと思って、
「分かった」
 と答えた。電話を切って空を見ると、依然として暗雲が立ち込めていたが、少し雨足が弱まってきているような気がした。

 朝から降り続いた雨は、夕方になって運良く小雨になったから、タイミングを見計らって家を出た。ちょうど夕日も差してきて、空と私の頬を赤く染め上げる。道々にできている水たまりに入ってしまっても、全く気にならなかった。

 なんだかとても急がないといけない気がしてずっと走っていたから、IPCに着く頃には完全に息が上がってしまっていた。両腕で笹を抱え、IPCの入り口で息を整えようと奮闘していると、中から炎山が出てきた。
「やっと来たか」
「やっとって何よ」
 せっかく笹持ってきたのに、との意味合いを込めて言うと、炎山は肩をすくめた。そして歩き出しながら言った。
「こっちに来い。もうみんないるぞ」
 どうしてそういつも偉そうなのかな、と炎山の背中を眺めながら思ったが、今はそんなことで言い争っている場合じゃない気がしたから、とにかく炎山の背中を追いかけていった。

 炎山に案内されたのは、風流に草木が生えそろった庭だった。
「……IPCにこんな庭あったっけ」
 私の問いに、炎山が答えた。
「まあ、あるんだからあるんだろうな」
「ふうん」
 至極当然の答えを返されて、相槌もそっけなくなってしまった。既に来ていた熱斗やメイルちゃんたちも苦笑している。
「……じゃあ、名前の笹をそこに立てて」
 熱斗が、このままじゃ埒があかない、と思ったのか私にそう促した。私は言われるがままに熱斗に指示された場所に笹を立て掛ける。
 いつの間にか夕焼け空は消え、辺りには夜の気配が漂い始めていた。炎山は何をするのだろう、と考えていると、突然炎山は指を鳴らした。その音が響いた瞬間、ここ一帯の建物の光が消え、辺りが暗闇と静寂に包まれた。急に視界が真っ暗になったので目が慣れるまでに少し時間がかかった。
 やっとの思いで、慣れたと思った時、メイルちゃんが息を呑んだのが聞こえて、思わず空を見上げた。そこには、最近稀に見る星空が広がっていた。いったい私はこんなにたくさんの星を今まで見たことがあるだろうか。辺り一帯の建物の照明を落としたとはいえ、まだ明るいところもあるから、遺憾にも天の川は見えなかったけれど。あまりにもその星空が壮観なので、しばらく誰も何も言わず空を見上げていた。
「たまにはこういうのもいいかもしれないな」
 いつの間にか私の隣に来ていた炎山が呟いた。私は、
「うん」
 と言って、その手を握った。炎山は一瞬驚いたような顔を私に向けたが、またすぐに空を見上げた。そして、ちょっと間を空けて、私の手を握り返してくれた。嬉しくて笑いを零すと、流れ星が一筋、キラリと尾を引いた。


星屑に願い事


 人それぞれに願いはあるけれど、きっと届く。そう、届くのだ。……だから、どうか明日も隣にいられますように。あまた星が煌めく中、空に向かって願った。


2011.3.28 修正
2019.3.11 修正


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