午後の授業中。先生が板書したことをノートに写しながら、窓の外に目をやった。5月の陽気に相応しい青い空と、そこに浮かぶ白い雲。
 ふと、今も薄暗い部屋の中でパソコンとにらめっこをしているであろうあの人にも見せたいなと思った。いつの間にかクラス中で空を見ていた。先生も解説を止めて「いい天気だなあ」と呟いた。

「炎山さま、そろそろ休憩をとられてはいかがですか」
 ブルースに声をかけられ、忙しく動かしていた手を休める。大きく伸びをし、イスから立ってブラインドを開けた。そしてそこに広がるのは、真っ青な空。
「こんな空を見るのも、久しぶりだな」
 ひとり呟くと、僅かに開けた窓からやわらかく風が吹いた。そしていつの間にかその風に誘われたように歩き出していた。ブルースの咎める声が聞こえる。俺は「休憩だ」と言って副社長室を後にした。

「あー、やっと終わったー」
 5月の日の午後ともなれば、暑い日は暑い。周りのみんなも口々に暑いだの疲れただの叫んでいる。アイス食べに行かない? とか、図書館行こうよ、とかみんな言うけれど、私は全て断った。どうしても今日、あの人に会いたかったから。
 帰る準備を素早く済ませて、走って学校を後にした。早く、早く。あの空が夕暮れに変わる前に。丘の上の大きな木を通りすぎようとしたとき、見覚えのある人影が腕を組んで木に寄りかかっているのが見えた。
「……どうして、ここに?」
「ここにいれば、お前に会えるような気がしてな」
 炎山があたかも当然のごとくそこにいるので、私は面食らってしまった。そして彼は私に聞く。
「そんなに急いで、どこに行くつもりだったんだ?」
 私から炎山に会いに行こうと思ったのに、既に炎山がそこにいるから、私は何と言おうか口を閉じたり開いたりする。
 いくらか時間が経って、少し強い風が吹いた時、その風に従って空を見た。やはり授業中に見たのと変わらない青い空がそこには広がっている。
「誰かさんに、この空を見せてあげようと思って」
 私がやっと炎山の問いに答えることができると、炎山は、
「そうか」
 と言って微かに笑い、空を見ながら、
「それは奇遇だな」
 と言った。何のことかと思って炎山の顔を見ると、
「お互い箱の中に閉じ込められているのは同じということだ」
 と返された。
「……それでも、」
 私も笑って言う。
「空を見る余裕はあるのね」
 私たちはいつの間にか木のそばに座り込み、黙って青空を眺めていた。この青空を言葉で形容してしまっては、もったいない気がしたから。

 どれくらい時間が経っただろうか。優しく私たちの頬を撫でる風は、少し夕暮れの匂いがする。空は既に赤みがかかり、昼間の青は姿を消しつつあった。
 あの青空を名残惜しく思うのと同時に、そろそろ炎山とさよならをしなければならない時間であることに気付く。
「……次はいつ見れるかな」
 小さく呟くと、ぼそっと炎山が言った。
「いつでも見れるさ」
 その頬を夕焼けで赤く染めながら。


空模様は恋模様


 5月の青い空は、私たちの心に良く似ていました





主催企画「星屑に願い事」に提出


2011.3.28 修正
2019.3.11 修正


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