「うーん、今日の天気は……晴れ!」
 私はテレビの天気予報を見て喜んだ。ちょうど川沿いの道の桜も満開だし、今日はお花見日和かも。できればあの人も誘いたいけど、年度始めだし、忙しいかな。いいや、ひとりで行こう。私はとりあえずテレビの電源を消して、着替えを始めた。



 今日は珍しくIPCの外での仕事だったが、あえて車に乗らず街を歩いてみた。契約先との打ち合わせが終わり、俺は晴れ晴れとした気分で川沿いの道を歩く。
 ふと、視界にちらっと何かが舞うのが見えた。見上げると、厳しい冬の寒さを乗り越えた桜が見事に花を咲かせている。俺は目を細め桜を見つめた。さっきの契約先と打ち合わせを終えたとはいえど、まだまだスケジュールはびっしり詰まっている。
 それでも、桜を見つめていると心が落ち着き、穏やかな気分になった。今急ぐなんて、もったいないよ。と桜は言っているようで、時間を忘れて見入っていた。だが、それはある一言にかき消される。
「あれ、炎山じゃん」


 私は炎山とお花見をすることはできないと思ってたけど、偶然桜の名所で行き合ったから花見に誘ってみた。なんだか重そうなケースを抱えて、疲れてるような顔をしてたから断られるかと思ったけど、炎山は了承してくれた。
「ごめん、私だけで見るつもりだったからこれしかないけど」
「いや、お前の手作りだったら何でもいい」
「やめてよ、恥ずかしいなあ」
「……美味しい」
 広い場所は全て先客にとられていたから、二人でも座れそうな場所を探した。適当に桜の根元辺りに腰掛け、私が作ってきたサンドイッチを広げる。二人で食べるには量があまりに少なかったが、それでも桜を見ていることと炎山が隣にいることで格段に美味しかった。炎山も満足そうな顔をしていて、私も思わず頬が緩む。

 サンドイッチを二人であらかた平らげたところで、風がふわっと吹いて私の髪を揺らした。それとともに運ばれてくる、桜の香り。ああ、なんだか、甘酸っぱい気持ちにさせてくれる、この香り。
 ……知ってる。私、知ってるよ。この香りも、心に湧き上がるこの気持ちも。
「炎山」
 私が呼ぶと、炎山は顔をこちらに向けた。
「また……来ようね」
 炎山の目を見て言うには少し恥ずかしくて視線を逸らすと、炎山は手を私の手に重ねながら言った。
「ああ、今度はゆっくりとな」
 驚いて顔を上げた瞬間、私は温かい炎山の腕に包まれた。


恋色前線に想う風


 風は緩く吹き、人々の心に春を告げてまわる。


2011.3.28 修正
2019.3.11 修正


- ナノ -