式が終わった瞬間、会場を飛び出してある人の影を追った。三年生の先輩たちはもう既に退場していて、そこらじゅう人でごった返している。いくら目立つ人を探すとはいえ、かなり手間がかかる。
「(いた!)」
 私は目的の人物を見つけ、人をかき分けて進んだ。
「熱斗先輩!」
「ああ、お前か!」
 そう、私が探していたのは、他でもない光熱斗先輩。私の、永遠の憧れの人だ。
「良かった。間に合いました」
「お前、俺のこと探してた?」
 先輩の問いに、はい、と私が答えると、先輩は困ったように頭をかいた。
「うーん……、これからちょっとクラスに戻んなきゃいけないから……ここで待っててくれよ」
 そして、分かりました、と私が言うのと同時に先輩は走り出した。走り出した先輩の背中を見つめて、私はふと今日までのことを思い出していた。

 私が先輩に出会った、というか先輩の存在をはっきりと知ったのは、小学四年生の時だっただろうか。初めてWWWが襲ってきた時、先輩は怖じ気づくことなく立ち向かって、その場に居合わせた私たちを助けてくれた。
 私は、助けられた時は何が何だか分からないほど動揺していたから、助けてくれたのが誰かなんて気にかけることすらできなかったけど、その事件からしばらく経ってから学校に行って初めて、私を助けてくれたのは1コ上の青バンダナの人……熱斗先輩だって気付いたんだ。
 それ以来、先輩はずっと私の憧れだ。先輩が近くの中学に入ったって聞いた時、私もそこに行こうと思ったし、ここの高校だってそうだ。私が1年生の時、ある縁があって先輩と同じ部活に入ってからは、毎日が本当に楽しかった。
 私はとにかく先輩に追いつきたかった。先輩に褒められたかった。先輩の隣にいたかった……わけではないけれど、近くにいたかった。そうして必死に頑張った結果、私は熱斗先輩から部長を引き継ぐことになった。部活の引退式の時、私は泣いたけど先輩は笑っていたっけ。弱音を吐いて思いっきり泣く私の頭を撫でて、
「お前にならできると思ったから部長にしたんだ」
 と言った先輩の笑顔が、今でも忘れられない。私は先輩にずっと助けられてたんだなあと思う。その先輩が明日からはいないんだから、不思議なものだ。でも、もっと不思議なのは――、
「おーい!」
「あっ、先輩、終わったんですね!」
 急に大きな声がしたと思ったら、熱斗先輩がこっちに向かって走ってきていた。そして私の前に来ると、急ぐように言った。
「……それで、俺に渡したいものって?」
「あ、そうそう、これです」
 実は数日前にメールで先輩に言ったのだ。『渡したいものがあるので、卒業式後体育館の前に来てください』と。私が先輩に差し出す手のひらには、何の変哲もないバトルチップ。先輩はそれを受け取って眺めていたが、しばらくして気付いたようだ。
「……これは、データチップ……?」
「そう、バトルチップと見せかけたデータファイルですよ」
「へえ、よくできてるな」
「部員みんな……というかほとんど私ですけど……頑張って作りました」
「何のデータが入ってるんだ、コレ?」
「それは開いてからのお楽しみです。でもきっと、気に入ってもらえるはずですよ!」
 私が自信満々に先輩に言うと、先輩は少し間を置いて言った。
「……そっか。ありがとな」
 まるで、道の隅に咲く花を見つけた幼い子供のような笑顔で。

「……それじゃ俺、そろそろ行くから」
「謝恩会ですか?」
「いや、なんだろうな」
 わざとはぐらかす先輩の頬が、少し赤いのに気がついた。
「……幸せそうで、いいですね」
「じゃあお前も早く相手見つけるんだな」
「あー! 先輩に言われたくないです! 先輩だってめちゃくちゃ鈍感で、あの時私が助け舟出してあげなかったら……」
「だー! 分かった! 落ち着け! じゃあ、今度俺がここに遊びに来るまでにな!」
「分かりました、先輩こそそれまでに破局しないでくださいね」
「誰が破局なんかするかって、じゃ、行くからな」
 今度こそ走って行ってしまいそうな先輩の様子に、つい表情が引き締まる。
「……ありがとうございました……」
 次にさようなら、と続けようとした瞬間、近くにあった桜がぶわっと舞って、思わず口を閉じてしまった。さようなら、なんてまだまだ言えない。だって、先輩はいつも、私の心の中にいるから。
 それでも、舞い落ちる桜と自分の涙腺には、嘘はつけなかった。霞みゆく視界の中に、ぼんやりと先輩の後ろ姿を映して季節は移っていく。


視界が霞んでなにも見えないの


 もっと不思議なのは、先輩がいなくてもこれから先やっていけるような気がしてること。





企画「さようなら」様に提出


2011.3.28 修正
2019.3.11 修正


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