私は花屋に注文しておいた二つの花束を手に持って、光家のドアチャイムを押した。ややあって、熱斗が「はい」とドアを開けた。
「ふふ、おじゃまします」
 私は言って、一つの花束を熱斗に差し出す。
「お誕生日、おめでとう」
 熱斗は私が花束を持っていた理由にやっと気が付いたらしく、花束を受け取ると「ありがとう」とはにかんで笑った。
「それから、こっちは彩斗くんに」
 私は光家の玄関に飾られている写真の前に、そっと花束を横たえた。隣で熱斗が小さく「兄さん……」と呟くのが聞こえて、私は静かに目を閉じる。



 彩斗くんの双子の弟である熱斗にすら、彩斗くんに関する記憶が殆どないのだから、彩斗くんが生きていた頃のことを私が知っているはずがない。

『俺には双子の兄さんがいたんだ』
『俺が危ない時に、いつも来てくれて』
『そうして世界を救えたんだ』

 あの大きな戦いの後、熱斗がそう教えてくれて初めて、私は彩斗くんの存在を知った。

『それじゃ、熱斗と一緒に世界を救ってくれたんだね』
『ああ……大切な兄さんなんだ』

 分かるか、と聞かれて私は、分かるよ、と答えた。その時の熱斗の嬉しそうな顔といったら。
 『分かるよ』なんて、熱斗に対して軽々しく言える言葉ではないと知ってはいたけれど、少しでも、分かってあげたかったから。分かってあげたいという気持ちを、伝えたかったから。
大丈夫、今でも君たちは繋がっているよ。



「ご飯、カレーでいい?」
「え……あ、ああ!」
 熱斗は大きく頷く。あれからもう何年も経つというのに、熱斗のこういうところは全然変わらない。私は苦笑しながら台所に向かう。じゃあケーキ取ってくんな! と熱斗は家を出て行った。
 私は持ってきた三人分の材料を調理台に並べる。夕日と優しい風が窓から入ってくる。穏やかな暮れ方だった。



 ご飯とケーキを食べ終わってうとうとしていた私は、いつの間にか熱斗の腕に包まれていた。
「熱斗……?」
「悪い、起こしちゃったな」
 私は目をこすりながら、ううん、いいよと答える。すぐ近くで熱斗の匂いがすることにドキドキしてしまって、話すのを少し躊躇ってしまう。だけど、これは絶対に今日話さなくては。
「この間さ、」
「うん」
「彩斗くんが、夢に出てきたの」
 熱斗は驚いたようだった。
「何で? 彩斗兄さんのこと、見たことないだろ?」
「うん」
 私は頷く。
「でもね、あれは彩斗くんだって、私、すぐに分かった」
 案外、似てない双子だったんだね、と言うと、そうだったかもな、と熱斗は笑った。
「それでね、」
「うん」
「彩斗くんは私に……熱斗を、幸せにしてくれって」
 私が“幸せ”という言葉を口にした瞬間、熱斗の体が固まったような気がした。
「それで……な、なんて答えたんだよ」
「私ができるなら、って。私が……熱斗を幸せにできるならって」
 熱斗は目を見開いた。そして、熱斗が私を抱きしめる力が少し強くなった。
「熱斗……?」
「あ、あのさ!」
 熱斗を見上げると、突然、大きな声が降ってきた。
「ず、ずっと俺のそばにいて欲しいって言ったら……」

 そばにいてくれる?

 珍しく幼い口調で、でも大人びた声でそう言われ、胸がきゅっと高鳴った。私は熱斗の背中に手を伸ばす。確かな熱斗の温もりが、腕を通して伝わってくる。
「私でいいなら」
 熱斗が私にそばにいて欲しいなら、私は熱斗のそばにいてあげたい。そうすることで熱斗を幸せにしてあげられるのなら、いくらでもそうしてあげよう。
 その答えを聞いた熱斗に、さらにぎゅうぎゅうと強く抱きしめられてしまい、余儀無く熱斗の胸に顔をうずめる形になる。熱斗の胸もドキドキと高鳴っていて、思わず笑ってしまった。

 今になっては、彩斗くんに言われて私が返したのは、夢の中のことだったのか、本当のことだったのか、よく分からない。
 だけど、熱斗がそう言ってくれて、私を抱きしめてくれているのは、紛れもなく本当のことで。

 私、自惚れていいのかな。
 明日も明後日も、ずっとその先も、熱斗の隣にいていいのかな。

 熱斗を抱きしめ返すと、熱斗もまた抱きしめ返してくれて、ああ、これが幸せなんだと曲がり形にも気が付いた。
「誕生日、おめでとう」
 温かい幸せの中で、私はもう一度、呟いた。


これまでとこれからと


2011.6.10
2019.3.11 修正


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