あなたは何か小さな頃のことを覚えてる?と誰かに聞かれたら、迷いもなく頭に浮かぶのはあの光景だ。
 真っ赤な炎の海、むせかえるような暑苦しさと煙の匂い。
 そして私の父親であろう人が、私にひとつの小さな箱を渡して言った言葉。
「お前は、生きてくれ……」

 当時まだ物心もつかなかっただろう幼い私にでも覚えていられるほど、その光景は凄まじかったのだろう。あの男性が父親であるのかもはっきりしないし、私に渡したあの箱に何の意味合いがあるのかも分からない。
 ……そう、あの箱――。
 あの箱には何が入っていたのだろう? 今はもう家のどこを探しても見つからないだろう。もし大事なものだったら、何故私に託したのか?
 今は平凡な暮らしをしている私にも不思議な過去があるという事実。普段は忘れていられるが、ふとした瞬間にこの光景が脳裏をかすめる。真相を知りたい。やはりそう思うけれど、真っ赤な炎の海とあの焦げ臭さを思い出すと、なぜだか体が震えた。

 とある日のこと。学校帰りに公園のベンチに座って休んでいると、突然私の上空にドーム型の膜が張り始めた。何度かテレビで見たことがある膜の様子に、これは何だったろうと考えていると、私からそう遠くないところに実体化した獣型のナビが現れた。
「(そうか、ディメンショナルエリアだ……!)」
 ディメンショナルエリアの中に閉じ込められ、目の前に人を襲うナビがいるという状況。それを認識した途端、恐くなってベンチから腰が浮いた。その気配を感じ取ったのか、獣型ナビがこちらを向いた。そして私をその目に見とめると、叫んでこう言った。
「ついに見つけたぜえ! あの長の娘ェ!」
 そのナビが発した“長”という言葉で、昔のことをいくつか思い出した。
「(父さんを、追いかけてたヤツらだ……!)」
 常に父さんを追いかけまわして、とうとう殺しただけじゃない。人を傷付け家を焼き、村を壊滅に陥れたんだ。私が獣型ナビを睨み返すと、
「例のプログラム、いただくぜぇ!」
 そう言って、ものすごいスピードで私に向かって突っ込んできた。
「(やばっ……!)」
 反射的に両腕を顔の前に持ってくるが、もう駄目だと思った。しかし、私の体は空を舞ってはいるものの、思っていたほどの痛みを感じなかった。恐る恐る目を開くと、銀と黒の混ざった髪を持ち、赤いボディスーツのようなものを身に纏った少年が私を抱きかかえていた。
「大丈夫か?」
 私が目を開いたのに気付いたのか、少年は静かに、しかしはっきりと私に聞いた。
「え、ええ……」
 私がやっとの思いで声を出すと、少年は口元を緩ませて軽く笑った。
「ビーストマンか……厄介な敵ではないな」
 そう言うと少年は私を茂みの中に下ろし、すぐ終わるから待っててくれ、と言ってビーストマンに向き直った。ビーストマンは少年を見つけると、雄叫びをして言った。
「来たな、伊集院炎山んんん! あの娘をどこにやったあああ!」
「お前に彼女を面会させるつもりはない。……消えてもらうぞ」
 少年は言うが早いか勇敢にもビーストマンに飛び込み、華麗なまでに鋭い剣技であっという間に退却させるに至った。ビーストマンが消えると同時にディメンショナルエリアも乖離してゆき、少年も赤いボディスーツを解いた。
「あ、の……ありがとう、……伊集院くん」
 初対面なのに、危ないところを助けてくれた。呼び慣れない名前を呼びお礼をたどたどしく言うと、少年はズボンのポケットに手を突っ込んでこう言うのだ。
「君が、あの“長”とか言う人の御令嬢か……昔その人からの遺言を受け取ったことがある、君が危険な目に遭いそうな時は守ってやって欲しいと」
 彼の言葉を聞いて驚いた。一体、父と彼の間にはどんな関係があったのだろう。彼に聞いてみたいことは有り余るほどあったけれど、私が気付いた時には、彼はもう背を向けて立ち去ろうとしていた。
 あの強い意志を持った蒼い瞳が忘れられない。そうだ。もし、また彼に出会うことがあったら、次は彼に聞いてみよう。目の裏に蘇る光景は未だに怖くて仕方がないけれど、彼ならそれを和らげてくれるかもしれない。
 危ない目に遭うのは嫌だけど、また彼に会える日が早く来るといいなと思った。


怖くて、怖くて怖くて、でも、





企画「picha」さまに提出


2011.4.4
2019.3.11 修正


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