3.6章






「提督、近隣住民の避難並びに建物内の確認、完了しました」
「了解した」
 昼下がりの市街地にずらりと並んだISDF特殊戦術部隊の装甲車。そして、各々の為すべき行動を迅速に、そして正確に進めていく隊員たち。その間には、青く澄み渡った空と穏やかな陽気とは裏腹に、緊迫した雰囲気が漂っている。
「後はマモノの出現を待つだけですか」
「そうだ。しかし……」
 ユウマとヨリトモは迎撃の準備が整った周辺の様子を見回す。
「余りにも静かすぎますね。マモノの気配すら感じません」
「周辺の住民から何件か受けた通報では、時折激しい物音がして建物が揺れる、マモノの咆哮のようなものが聞こえることもあるということだったが、時間帯の指摘はまちまちだったからな。まあ、そのために振動計も広範囲に設置した。動きがあればすぐに分かるだろう」
「そうですね。できれば今日中に出てきてくれることを願――」
 そのとき、けたたましいアラーム音とともにヨリトモに通信が入った。
『ヨリトモ提督! 振動計が複数の生物が起こしたと思われる振動を察知! レーダーにも反応あり!』
「来たか!」
「来ましたね!」
 ヨリトモとユウマは同時に叫ぶ。
 振動が自分の身体でも感知できるほどにだんだんと大きくなってくる。しかしそれを起こしているであろうマモノの姿は見えない。とすると――
「地下か!」
 ユウマが気付いた瞬間、地下道に通じる階段からマモノの群れが飛び出してきた。
「撃て!」
 ヨリトモが砲撃部隊に命令する。衝撃で吹っ飛んだマモノをユウマが端から殴り倒していくと、『提督!』とヨリトモの通信機から悲鳴に似た声が飛び出た。
『さらに大きな反応を確認!』
「何だと!?」
 階段付近の地面に亀裂が入り大きく盛り上がって、マモノもろとも街路樹や街灯を吹き飛ばしたかと思えば、轟音を立てて崩れ落ち、辺りに土埃を巻き起こす。その煙の中から、
「待てー!」
と、どこか聞き覚えのある人の声がしたので、ユウマは土埃が目に入らないように腕をかざしながら目を凝らす。すると、その中から姿を現したのは一体のドラゴンと、
「――13班!?」
 それと交戦する13班だった。

 市街地は既に夕暮れに包まれている。夕日が沈みかけて海に溶けて見えるように、辺りの緊張感も和らぎ、安堵の表情に溢れていた。
 元々ただのマモノ討伐であったISDFの任務は、地下道に住み着いていたドラゴンと、それを追いかけてきた13班の乱入で一時混乱したものの、ユウマと13班の圧倒的な戦闘力でドラゴンもマモノも全て狩り終え、今は残骸や瓦礫の片付け、資材の回収、建物や道路の被害状況の確認などの後始末があちこちで行われている。迅速な任務遂行の妨げとなったお詫びとして、13班もそれを手伝っていた。
「ユウマ、さっきはごめんね、任務中だったのに乱入しちゃって」
 両腕に資材を抱えながらヤイバはため息をつく。
「……はあ、だめだなあ、逃がしちゃうなんて」
 ヤイバの話によると、13班は地下道で救助した学生から地下道にドラゴンがいると聞いて狩りに来たのだという。近隣住民からの通報にあった激しい振動は、地下道に潜んでいたこのドラゴンが寝食のために移動するのと同時に、それに怯えたマモノたちが一斉に逃げることで引き起こされたのだろう。13班がそのドラゴンを狩りに来たとなれば、もちろんドラゴンは抵抗して暴れ回るし、マモノたちも一層慌てて逃げ回り、地下から飛び出してきたというわけだ。
「今回はたまたまISDFの任務と重なってISDFがこの辺に住んでる人たちを先に避難させてくれてたから良かったけど、そうじゃなかったらどれだけ被害出してたか……ユニット間の連係が大事だってこないだユウマに言われたばっかりなのにまだ全然実践できてないや。後衛ユニットに逃げ道を塞ぐとかしてもらえばよかったのに」
 ヤイバは反省しきりだった。
「いえ、こちらも助かりました。地上ではマモノの姿を全く目視できませんでしたから。君たちがドラゴンを狩りに来ていなければ、俺たちは任務を終えられないまま一晩過ごすところでした。それに、マモノの数も想像していたよりかなり多かったので、13班がいなければこんなに早く狩り終えることはできなかったと思います。その分被害も抑えられましたしね。ドラゴン戦闘の立ち回りは、それぞれのドラゴンの対処方法が分かっていれば後は体がついていくかどうかです。君たちならすぐに上達するでしょう」
「本当? そう言ってもらえると気が楽になるよ」
 ヤイバがユウマの顔を見上げて答えると、突然、ヤイバの手元の通信機から耳も割れんばかりの怒号が飛び出してきた。
「オイ、13班! ドラゴン狩り終わったんならさっさと帰ってこい!」
「えっ!? ちょっとナガミミ、まだ壊しちゃったところの片付けとか、資材の回収とかが……」
 ヤイバが慌てて異を唱えると、ナガミミの怒号がさらに勢いを増した。
「オレはてめえらがドラゴンを狩りに行くっていうから外出を許可したんだよ! マモノ退治は元々ISDFの任務だったんだろ? それなら後片付けとかそんなもんはヤツらに任せときゃいいんだよ! マモノ退治に付き合わされただけでも大概だがそんなところに無駄な体力使うな! 体力残ってんならさっさと帰ってきてまだタンマリ残ってる今日の分のノルマ手伝いやがれ!」
「ナガミミさま、そんな殺生な……」
「それじゃあ明日の朝三時から働いてもらおうか? フヒヒヒ……」
「そ、それって朝って言うのかな」
「相変わらず手厳しいですね、ナガミミは」
 ナガミミのヤイバに対する余りにも容赦のない言葉の数々にユウマは苦笑する。
「おう、ユウマ。報酬は13班が狩ったドラゴンのDZとマモノから得られる資材に、13班が出払った所為でノルマが達成できなくてノーデンスが受けた損害の分を上乗せして頼むぜ?」
「資材の方は承知していますが……まあ、その辺りは提督が上手く調整してくれると思います」
「ふん、期待してるぜ〜?」
 ナガミミは猫撫で声でそう言ったかと思えば、次の瞬間には、じゃあ、13班はさっさと帰ってこいよ、と荒々しく言い捨てて乱暴に通信を切った。
「……ナ、ナガミミってほんと人遣いが荒いよね〜……」
「あはは。でも、ナガミミの言う通りだと思います」
「えっ?」
「これはISDFの為すべきことです。君たちは手伝わなくていいんですよ」
「で、でもノーデンスに帰ったら仕事が……」
 ヤイバの顔がさっと青ざめるので思わず心配になってしまう。
「ノーデンスの業務はそんなに切迫しているんですか? 例えば連続で五体乱入してくるドラゴンが待ちかまえているとか、明日までに素材を百種類所定の数集めないといけないとか……」
「いや、逆、逆! 私にとってはそっちの方がマシだよ。クエストならともかく、ナガミミが直接私たちに回してくる仕事って本当に私たちがやる必要あるのかってくらいほとんど雑用みたいな感じなんだもん。やることが多いだけであんまり楽しくないし。それならユウマたちを手伝ってた方が、ほら、もしかしたら討ち漏らしたマモノとかがいるかもしれないし」
「ははっ、頼もしいですね。それじゃあ、今度マモノ討伐の任務があったときには13班の力を借りることにします」
「任せといて! ユウマに負けないくらいバンバン狩っちゃうから」
 ヤイバは資材を抱えたまま片手を勢いよく挙げて答えるが、再び通信機がけたたましく鳴って資材を取り落とした。
「……じゃあ、また明日ね!」
 そう言うとヤイバは通信機に向かってひたすら謝りながら走り去っていった。
 一方でユウマは、ヤイバが落としかけた資材をすんでのところで受け止め、何の返事も返せないまま、遠ざかっていく背中を見つめながら、ヤイバが残した言葉の意味を考えていた。

 ――また明日、とは?

 それはユウマにとって全く思いがけない言葉だった。
 近い将来東京に飛来すると言われている第7真竜への対策として、現在ISDFとノーデンスは共同戦線を敷いているが、お互い元々は別の組織だ。指揮系統が違えば、本来最優先に従うべき命令、遂行すべき任務も違う。つまり、ヤイバと自分が明日も確実に会えるという保証はない。確実に会えるとすれば、それはノーデンスが新たな真竜の情報を掴むか、ISDFがマモノやドラゴン討伐に13班の力を借りるときだろう。
 それでもヤイバは、ドラゴンの出現を予見しているわけでも、期待しているわけでもないのに、また明日と言ったのだ。
 ――じゃあ、それは。
 また明日、というのは、ただ単純に、たとえ何の用件がなかったとしても、明日もまた相見えることを願う言葉。
 この言葉に、俺はどう返せばよかったのだろう。
 明日会うという約束をしたわけではない。明日必ず会わないといけないというわけでもない。でも、それでも――。
 答えが出ないまま考え続け、風に頬を撫でられはっと気付いたとき、既にヤイバの姿はどこにもなかった。
 夕暮れは夜の色を濃くし、辺りを吹く風も一層涼やかになってきた。市街地の片付けはまだ終わる気配はない。人が行き交う隙間に腕組みをして待っているヨリトモの姿が見えたので、ユウマは慌ててそちらへ向かう。
「すみません、提督。少し考え事をしていました」
「いや、構わんが」
 ユウマは躊躇いがちに口を開く。
「……あの、提督」
「どうした?」
「明日の任務は何でしたっけ? 明日、任務の後にノーデンス社に行きたいのですが、そういう時間はあるでしょうか?」
「さあな。それは明日のマモノの動向と、お前の頑張り次第だ」
「はは、まあ、そうですよね」
「…………」
「どうしました?」
「急ぎ資材を回収するぞ。ここの復旧にはまだしばらく時間がかかるだろうが、資材の受け渡しは早い方がいい。明日ノーデンスに行くのなら、資材も一緒に持っていけ」
「! ……了解」
 ユウマが作業に向かうヨリトモの後を追おうとすると、また涼やかな風が吹いた。ノーデンスでも度々感じる風だ。その風に、ふと、ヤイバのことが思い出された。
 初めて出会ったのは二週間ほど前のこと。竜を狩る潜在的な能力は持ちながらその日は帝竜にも敵わないほどだったが、日に日に成長を続け、わずかな期間でついには真竜を狩ることができるほどに強くなった。単にその強さに着目していただけのはずなのに、こんなにその顔が頭から離れなくなるなんて、その上、その顔を思い浮かべるだけで体が内側から温かくなるような感じがするなんて、俺は一体どうしてしまったのだろう。
 顔だけではない。先ほどの「また明日」という言葉だって、その言葉を乗せた声色だって、ちょっとしたひとつひとつの所作だってそうだ。ヤイバのことを思い浮かべれば思い浮かべるほど心から離れなくなって、体の底が熱くなっていく。
 初めて会ったのはついこの間なのに、それまでの自分がどうやって、何を考えて生きていたのかほとんど思い出せないくらいに昔のことのように思えた。ノーデンスとの共同任務に就いてから毎日顔を合わせることができていたのは、自分が思っていたより希有なことだったのかもしれない。
 つい先ほど別れたばかりだけど、ヤイバの顔が早く見たい。直に会って言葉を交わしたい。
 そう思ったとき、ユウマはヤイバの発した言葉に何と返すべきだったのか、ようやく分かったのだった。
 ああ、ヤイバがこんな気持ちであの言葉を残していったのなら。今自分が感じているのと同じ気持ちをヤイバも持っているのなら。この気持ちを何と言い表すのかは分からないけれど、それはとても温かくて触れ続けていたい感覚だ、とユウマは思った。
 そうだ、明日ノーデンスに持っていくための資材を早く回収しなければ。夕暮れはもう闇に消え去ろうとしている。ヨリトモの後を追って作業に向かうユウマの足取りが軽い。
 もしかしたら明日ノーデンスに行っても、ナガミミのあの口ぶりではヤイバも忙しいかもしれないけれど。それなら、ヤイバたちを手伝うのも悪くないだろう。そしてISDFの基地に帰る際には、あの言葉の返事を、自分から伝えることにしよう。
「また明日」と。



ひとり束ねた夜を抱えて

2022.10.10


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