5.1章
クエスト「取材に協力してください」の依頼者の出番多め
(2022.10.9 発行ななどら3ミニアンソロ「UE77」に提出)





 ミオが今日の診察を終えてベッドでゆっくりしていると、広報セクションの人に声を掛けられた。
「あっ、ミオさんいた! 今ちょっといいかしら?」
「あなたは、えーっと……広報セクション社内報編纂委員のカンナさんですよね、どうしたんですか?」
「実は、折り入ってミオさんに頼みたいことがあって来たの。月刊ノーデンスの猫写真投稿コーナーは知ってる?」
「はい、もちろんです! いつも楽しみにしてます!」
「良かった、それなら話が早いわ」
 ノーデンスの社内報である月刊ノーデンスには、元々社員たちが撮ったちょっとした面白写真を募集、掲載するコーナーがあったのだけれど、13班が猫も救助し始めてノーデンス社内に猫が居着くようになってからは、猫の写真の投稿が増えて、いつの間にか猫写真コーナーに替わっていたのだった。
「それで、ついに来月号、猫フォトコンテストを開催することが決まったの! 最優秀賞には豪華景品も出るのよ!」
「え〜っ! すごい!」
「それでね、その審査員長をミオさんにやってもらいたいと思ってお願いに来たんだけど……やってもらえるかしら?」
「私が? やったあ、是非やらせてください!」
「ああ、快諾してもらえて良かったわ〜。審査員長といってもね、実は審査員はミオさんひとりにお任せする予定なんです」
「えっ、私の一存で最優秀賞とかを決めちゃっていいんですか?」
「そうよ。本当は社長や技術部長にもお願いしたんだけど、今お二人とも忙しいみたいで……それに『そういうことならミオちゃんがぴったりだと思うのよ〜』って言われて」
「なるほど、分かりました! 精一杯務めさせていただきます!」
「じゃあ、早速審査をお願いする写真を見てもらうわね」
 そう言ってカンナは持ってきたノートパソコンの電源を入れ、ノーデンスのデータサーバーにアクセスする。
「あれ、おかしいわね……」
 しかし何故か、あるべきところにデータが存在しなかった。
「じ、じゃあ、このメモリーカードで……」
 しかし何故か、そちらに入っていたデータは破損していた。
「嘘でしょ……!?」
 ノートパソコンの通信機能を通じて、ジュリエッタの悲鳴に似た叫びが医務室にこだました。
「わっ、ジュリエッタさん?」
「ア、アタシの……いえ、全ノーデンス社員の癒やしの猫ちゃん写真が……」
「あらー、ジュリエッタ、相当ショック受けてるみたいだね」
 アリーが含み笑いをしながら言う。
「そりゃそうでしょ! 今回のコンテストのために豪華景品まで作ったのよ! それなのに、大量にあったあんな写真やこんな写真が全部パーになってるなんて……!」
「でも原因は謎だぞ。ハッキングの形跡はないし、メモリーカードの持ち出し記録も今日のカンナの分だけだ」
 ナガミミがため息をついてノーデンスのデータベースへのアクセスログや記録媒体の持ち出し履歴を調べるけれど、めぼしい情報は得られなかったようだ。
「原因究明は後! 先に写真データの回収よ! このままじゃ月刊ノーデンス猫写真コンテスト特別号の発行はおろか、全セクションのやる気、稼働率だだ下がりでノーデンスの業績は地の底、ドラゴンクロニクルは凍結の危機よ!」
 拳を強く握りしめて力説するジュリエッタ。カンナが慌てて彼女が悪いわけではないのに何度も頭を下げ謝罪し、問題解決のために尽力することを申し出た。
「すみません、技術部長〜! 写真の回収は私たち編纂委員、いえ、広報セクション全員で総力をあげて行いますから〜!」
「頼んだわよ! とにかく集めて集めて集めまくってちょうだい!」
「ジュリエッタさん、私にも何かできることはありませんか?」
 ミオも思わず片手を挙げて名乗り出る。
「ミオちゃん……! そうね、広報セクションの全員が回収作業にあたるといっても、全ノーデンス社員はその何倍もいるわ。直接声を掛けるには限界があるから、ミオちゃんから館内放送でノーデンス社員たちに回収に協力するように呼び掛けてくれないかしら?」
「分かりました! 任せてください!」
 ミオは言うが早いか会議室に向かって飛び出していた。

 数時間後、広報セクションの人たちの必死の回収作業や、ミオの呼び掛けの甲斐あって、元あったデータの七割程度は取り戻すことができた。投稿し忘れていた、投稿締め切りの後にいいのが撮れた、そう言って新しい写真を提供してくれる社員もいた。
 回収されたデータは、二度と紛失することがないようにバックアップをとった上で、そのバックアップデータと共にプロテクトをかけて、ジュリエッタの管理の下で厳重に保管されることになった。
「はあ、一時はどうなることかと思ったわ〜。はい、改めて、これがミオさんに見てほしいデータね」
「ありがとうございます。わっ、こんなにたくさん……! 楽しみに見させてもらいますね!」
 ミオは写真のデータを見て、その数の多さに驚く。これで三割ほどが失われているなんて嘘のようだ。その中にもかわいい写真がたくさんあったと思うととても口惜しいけれど。
 目を輝かせながら一枚一枚写真を吟味していると、検査に来ていたヨリトモに声を掛けられた。
「……すまん、ちょっといいか」
「ヨリトモさん? どうしたんですか?」
「……猫、の写真を集めているそうだな」
「は、はい」
 ミオが答えるとヨリトモは何も言わずコートの内ポケットから一枚の写真を取り出してミオに渡した。そこに写っていたのは、ミオにとってとても見覚えのある子猫だった。
「こ、これって、イチロー!? どうしてヨリトモさんが……?」
「ま、まあ、ナグモ博士からお前に渡すように頼まれていたのだがすっかり忘れていてな……可能ならこの写真も審査対象に加えればいい」
「あ、ありがとうございます!」
 ミオはその写真を両手に持って改めてじっくりと見る。今とさほど変わらぬ家の居間で、毛糸玉と戯れる幼き頃のイチロー。
「はあ、やっぱりかわいいなあ、イチロー……」
「……ではな」
 ヨリトモはミオのきらきらと笑みがこぼれる顔を見て、そっと医務室から立ち去った。

 後日、月刊ノーデンス猫写真コンテスト特別号は無事発行された。だけど猫の写真のデータがなくなったり破損したりしていた原因はどんなに調べても分からなかったらしい。ジュリエッタも、もうデータはバックアップもとってあるから、とそれ以上の追及はしないことにしたそうだ。
「ミオさん、今回はありがとうございました。これ、できたの! 見て見て!」
「わっ、本当ですか?」
 ミオはカンナが持ってきてくれた誌面をぱらぱらとめくる。猫写真コンテストの該当四ページには、ミオが選び抜いた写真が所狭しと掲載されていた。編纂委員の精鋭たちによって効果的にかわいくレイアウトされていて、何度も見て精査した写真ばかりなのについ頬が緩んでしまう。
「13班にも早く見てもらいたいなあ……」
「本当にそうね。それにしても……」
 カンナはミオが開いているページを覗き込み、最優秀賞に輝いた写真をまじまじと見た。
「こんなかわいい写真持ってる人いたのね〜。大人猫も本当にかわいいけど、子猫のかわいさは格別というか、もはや反則級ね」
「えへへ」
「あら、どうしてミオさんが誇らしげなのかしら?」
「まあ、いいじゃないですか。……これ、ヨリトモさんがくれた写真なんです」
 ミオはイチローの写真を今一度見る。イチローの子猫時代の姿が再び見られたこと、そして、この写真をヨリトモがくれたことがしみじみと嬉しかった。
「へえ〜、あの人がこんな写真をね……意外、とか言っちゃ失礼か。でも、ヨリトモさんならまた検査に来るだろうから、景品はここに置いておいて大丈夫そうね」
「ISDFに郵送とかはしないんですか?」
「やだ、ISDFに直接送ったら不審物扱いで勝手に処分とかされちゃいそうじゃない! せっかく技術部長が特別にいいもの作ってくれたのに、そんなことされたらたまったもんじゃないわ〜」
 カンナは他の編纂委員に連絡して、ノーデンス謹製と側面に大きく書かれた段ボール箱を何箱か台車に載せて持って来させ、そのまま医務室の入り口付近に置いていった。
 ……そういえば、ジュリエッタさんが作った豪華景品って何なんだろう?
 ミオが気になって段ボール箱の中身を見ると、最優秀賞の景品は、スティック状にパッケージされたウェットタイプのキャットフードだった。



幸せの欠片を指折り数えて



2022.10.9-10開催のななどらシリーズエアオンリー「人と竜の物語2」ななどら3ミニアンソロ企画に寄稿したお話のweb再録です。
アンソロの発行ならびに完売おめでとうございました!素敵なアンソロに参加させていただきありがとうございました。

2023.10.16


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