僕が部屋で作業をしていると、ドアをノックする音が聞こえた。 
 丁度LBXの非常に複雑な部分の調整に入ってしまって手が離せない僕は、振り向かずにそのまま「はーい」と返事をする。
「サクヤ、俺だ、入るぞ」
 静かにドアを開けて部屋に入ってきたその声の主は、ハルキだった。
「今日のウォータイムの戦況報告と、明日の戦闘の相談に来た」
「うん、続けて」
「上陸してからフラッグ付近の敵機をいくつかブレイクオーバーさせたところまでは良かったが、レーダーで確認できなかった多数の機体に虚を衝かれて梃子摺っていたところで時間がきてしまった。フラッグは間近だが数も陣形もこちらが不利だ……なにか突破口はないだろうか」
 ハルキは僕が作業中に手を離せなくなることがよくあることを知っているから、振り向かずにいてもなにも咎められることはない。寧ろ、複雑な作業をしながらでも理解できるようにゆっくり分かりやすく話してくれているようにさえ感じる。
「それと、今日の昼にアラタとヒカルがパンの取り合いをしていたようだが、何があったんだ?」
 ハルキの話は業務的なものだけにとどまらず、雑談にまで及ぶこともある。今日はどうしたことか、やけに饒舌だったのだけれど。

「……ハルキ?」
 話を聞いているつもりでも、実は作業にのめり込んでいて、内容が頭に入らないどころか、声さえ聞こえなくなっているということがよくある。
 今日もそうだった。ハルキの声がしなくなったなと思って振り返ると、いつの間にやらハルキは僕のベッドに座り、縁に寄りかかって寝込んでしまっていたのだ。
「寝ちゃってる……」
 寝ているハルキの目の前に立って顔の辺りで手を振ってみるけれど全く反応がないから、これはもうすっかり寝入ってしまっているようだ。このままで風邪をひくのは良くないな、と思った僕は、そっとハルキに布団をかぶせてあげた。
 ちょうどそのとき、バン! と大きな音を立ててドアが開いて、アラタとヒカルが部屋に入ってきた。
「サクヤー!」
「しっ! 静かにして!」
 僕は右手の人差し指を口に当てる。そんな剣幕で言ったつもりはないけど、僕の近くで寝ているハルキを見てか、アラタはものすごい勢いで口を両手で塞いだ。
「ハルキが……寝てる?」
 ヒカルの言葉に、僕は頷く。
「最近いろいろ大変そうだったもん、このまま寝かしといてあげてよ」
「別にそれはいいけどよー……サクヤ、お前はどこで寝るんだよ」
「確かに」
「あ、それは……」
 アラタとヒカルに言われて、僕はハルキが寝ていない方のベッドを見た。いつかヒカルに散らかっていると言われてしまったこの部屋は、今になっても片付かない。だから、当然僕の寝るスペースはない。床で寝ると言っても、この二人は許してくれないだろう。
「ハルキだってちゃんと自分の部屋があるんだからそっちで寝ないとな」
「そーいうこと!じゃ、ハルキ起こして部屋に帰ってもらうぜ」
 そう言うが早いか、アラタとヒカルはハルキを起こしにかかる。
「ハルキ、起きろ」
「おーきーろー!」
「…………」
「あはは、すっかり寝入ってるね……」
 ヒカルが肩を揺すっても、アラタが(遠慮してか控えめに)頬を抓っても、ハルキはわずかに眉を寄せるくらいで、特に起きる素振りはなかった。まさかハルキがここまで深く眠っているなんて思いもしなかった。アラタが大声を出してこの部屋に入ってきたときも、慌てて静かにさせるようなことはなかったのだ。
「しょーがないなー……ヒカル! このままハルキ担いでくぞ!」
「ああ、せーのっ」
「よいせっ!」
 ヒカルの掛け声で、二人はハルキの脇を抱えて勢い良く立ち上がった。こうまでされても目覚めないハルキには驚いたけど、それ以上に、二人よりも若干背の高いハルキが、首が前に傾いている所為でいつもより小さく見えるのがなんだか可笑しかった。
「じゃ、サクヤ、おやすみ!」
「おやすみ」
「二人とも、転んだりしないように気をつけてね」
「だーいじょうぶだって! あ、サクヤ、新しい武器考えたから一緒に見て欲しかったんだけど、また明日でいいや! じゃあな!」
 ハルキを担いでいく二人を小さく手を振って見送ると、ドアはハルキが来たときと同じように静かに閉じた。
 その静かに閉じたドアを見ながら、ハルキのあんなに呆けた寝顔なんて、どれくらいぶりに見ただろうかと考えていた。少なくとも、二人が来てからは初めて見た。
 上手く寝付けないことが多い、そうハルキがこっそり告げてきたのはいつの話だったか。もうそんな心配はしなくても大丈夫なんだね。
「……ありがとう、二人とも」
 ひとりでに口から出てきた言葉は、そっと夜に溶けていった。


こうして静かに夜は更ける


2013.11.15


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