・タダ←ノゾ、ゲン←リンでノゾミとリンコが恋バナとかする話(本人たちも後でがっつり登場)
・ダンウォDVD10巻付属ノベライズ「矜持」下巻微ネタバレ注意





 お風呂から上がって部屋に戻ってきたとき、リンコはまだ一台のLBXを丁寧に丁寧に磨いているところだった。
「リンコ、早くお風呂行かないと、消灯時間になっちゃうよ」
 そう声をかけると、リンコは飛び上がるようにして時計を見た。
「わっ、もうこんな時間!?」
 リンコは慌ててお風呂の準備をすると、部屋を飛び出していった。私はリンコの机に残された三台のLBXを見る。どれもとてもよく整備されているけれど、その中でもさっきまでリンコが熱心に手入れをしていた一台は格別だった。その機体を手に取ってよく見ようとして――私はその手を止めた。他人の大事な機体だ。無闇に触っていいものではない。なにより、顔が映りそうなほどぴかぴかに磨き上げられているこのLBXは、リンコの努力の結晶でもある。迂闊に触って指紋の一つでもつけようものなら、リンコのその努力を台無しにすることになってしまう。
 私はふっと短く息を吐いて、手持ち無沙汰になった手を下ろす。ほかの二台に守られるように置かれている赤いバイザーのLBXが先ほどまでリンコが一生懸命手入れをしていた機体だ。私はそれを改めてじっと見つめて、ああ、と思った。何か心にすっと落ちるものがあった。
 その後、リンコはお風呂から戻ってきてまたその機体を念入りに調整していた。私はもう十分手入れが行き届いていると思うのだけれど、リンコはどうもそう思えないらしい。私がもう寝るね、と言って布団に入った後も、リンコは小さな明かりの下で一台のLBXを熱心にいじくり回していた。
 
 そんな生活が何日か続いたとある週末、私はリンコと相部屋になって初めて寝坊しそうなリンコを起こした。
「今日休みなんだしもうちょっと寝させてよ、ノゾミ……」
「駄目よ。いくら日曜日だからって、朝食食べに行かなきゃみんなに心配されるわよ」
 みんなに心配される、というのが響いたのか、リンコはそこでぱっと潔く起きた。そして一緒に食堂へ行く。食事は小隊ごとに食べるから、朝食を食べている間の様子はあまり見れなかったけれど、私は第五小隊のみんなと一緒にご飯を食べながら、リンコのことが気がかりでしょうがなかった。
 今までどんなに課題やテストや機体の整備が大変でも、一度も寝坊なんてしなかったリンコが寝坊しかけたのだ。メカニックに転向したばかりで右も左も分からなくて、でもやらなくちゃ、と言ってがむしゃらに頑張っていたときもこんな風になるほどじゃなかったし、一台のLBXを真剣に調整しているからって、何か異常があるわけでもなさそうだし――とそこまで考えて、私はそれが誰の機体だったのかと、この間すとんと心に落ちたとあることを思い出した。
 朝食を食べ終えて部屋に戻ると、リンコはまたそのLBXをいじり始めるから、私は思い切って訊いてみることにした。
「ねえ、リンコってさ、ゲンドウのこと、好きなの?」
「えっ!?」
 私の問いに、リンコは危うくDCエリアルを取り落とすところだった。
「な、な、なんで!?」
「なんでって、毎日そんな風にずっと遅くまでゲンドウの機体を整備してるから……」
「ち、違うよ! ちゃんとセイリュウとタイガのも見てるもん!」
「そうかしら?」
「そうだよ! それに、ゲンドウさんはやれるところまでやってくれればいいって言ってくれてるけど、私だってれっきとしたメカニックだから、ゲンドウさんが適任だって言ってくれたメカニックだから、もうそんな心配かけないように絶対頑張らなくちゃって思って……」
「でも、寝不足が続いて授業とかウォータイムに支障が出たら、それこそ心配されるわよ?」
「うん、それは分かってるよ。……ねえ、じゃあさ、ノゾミには、そういう風に思う人はいないわけ?」
「ちょっと、何が“じゃあ”なのよ!」
 私はそう叫んで誤魔化そうとしたけれど、リンコのその問いは私の顔を赤くさせ、私の胸にじんとした甘い痛みを起こさせるのには十分だった。頭にぱっと一人の顔が浮かぶ。
「い、ない、わけじゃ、ないけど」
 そら見なさい、と言わんばかりにリンコは腰に両手を当てる。私はもうどうしようもなく愛しい気持ちが止められなくなって、唇を噛んで俯きながら、今まさに銃を置こうとしている、天性の才を持った美しい水色の髪のスナイパーのことを思った。
 彼が何とかして、もう一度ライフルを手に取ってくれたら、今のジェノックに貴重でとても大きな戦力になるのに。
 ――でも、それ以上に。ただ単純に。
「(タダシのことが、銃を覗くタダシの眼差しが、好きだ)」
 そう実感してしまったら、今すぐにでもタダシの顔を見たくなってしまったけれど、休日の今日ではその思いは堪えるしかなかった。結局この日もリンコは相変わらずゲンドウの機体を整備し続けて、それは私が寝る頃になっても終わらなかった。私は目を閉じてリンコが灯している小さな机の光を感じながら、だんだんと眠りに落ちていった。
 
 翌日のウォータイムは、第二小隊と第五小隊の合同ミッションだった。拠点の奪還に向けてそれなりの数の小隊が来るという情報が入って、私たちはそれを迎撃するために拠点より少し離れた森の中に来ていた。見つかりにくそうな所にめいめい身を隠して、あらかじめ仕掛けておいた罠に相手のLBXが引っかかるのを待った。しばらくすると、どん、と大きな音がして、森の中から噴煙が上がった。
「来た!」
 誰ともなしに叫ぶや否や、カイトが真っ先に飛び出していって怯んだLBXたちをどんどんブレイクオーバーさせていった。私は剣を、タダシは片手銃を構えてそれに続く。第二小隊も既に戦闘を始めたようだった。
「九時の方向に別の罠がある。そちらに追い込め! リンコとブンタも援護を頼む」
「了解!」
 不意打ちが功を奏して形勢はこちらが有利だったけれど、ジェノックの機体が二個小隊分しかないのに対して、相手の全戦力は未知数だった。さらに優位を得るために、待機していたクラフトキャリアを呼び寄せて罠の方へと相手をどんどん後退させていく。二度目の爆発が起こったとき、もうこれ以上は耐えられないと判断したのか、相手は侵攻を諦めて退却し始めた。時間的にもそろそろウォータイムが終わる頃だろう。私はふっと息を吐いて無事に戦闘が終わったことに安堵した。でも、その時目に映ったのは、上空で大きく傾き始めたクラフトキャリアだった。
「嘘!?」
 思わず叫ぶと、他のみんなも気付いたのか、慌てた様子でリンコに呼び掛け始めた。
「どうしたんだ、リンコ!?」
「応答しろ!」
「嫌よ、リンコ、どうしたの!?」
 このとき私の頭に浮かんだのは、以前、第二小隊のクラフトキャリアが墜落して、その操縦者だったメカニックがロスト扱いで退学したことだった。あれもまだ記憶に新しい。こうしているうちにもクラフトキャリアはどんどん高度を落としていく。嫌だ、こんなところで、リンコと別れるなんて!
 そのとき、一際大きな声で「リンコ!!」とゲンドウが叫んだ。すると、落下を始めていたクラフトキャリアはすっと姿勢を元に戻し、何事もなかったかのようにブンタのクラフトキャリアと同じ高度まで上昇していった。
「よ、良かった……」
「まったく、とんだ心配をさせるよ」
「リンコ、大丈夫なのか?」
 そうこうしているうちに、ウォータイムの終了を告げるサイレンが鳴って、私たちは拠点に戻った。
 
 ウォータイムが終わった後は、大変な騒ぎだった。ミーティングもそこそこに、第二小隊のメンバーがメカニックルームに集まって、リンコの様子を見に来ていた(かくいう私も、その一人だ)。
「リンコ、大丈夫か!?」
「ゲ、ゲンドウさん……心配かけてごめんなさい」
 そう言って俯くリンコはとても小さくて、その気持ちが分かるからこそ、ああ、もう! と思った。私はまだ何か言いたげな第二小隊のメンバーを押しのけて言う。
「ね、リンコ、どこか痛めてないか見てもらいに、保健室行こう?」
「う、うん」
「ゲンドウも戦闘報告書書かなきゃいけないんでしょ? 心配だったら後で保健室に来て」
「ああ、分かった」
 私の言葉に頷くと、ゲンドウは「行くぞ」と言ってメカニックルームを後にした。セイリュウとタイガもリンコを窺いながらそれに続く。ドアが閉まったのを確認してから、私はふっとため息を吐く。
「ちょっと寝てきたらどう?」
「うん、そうする」
 リンコはそう言って弱々しく笑った。
 
 きつい西日が差し込む保健室のベッドの中で、リンコはすやすやと眠っている。メカニックルームに集まったときのゲンドウのあの焦った声と心配そうな顔を見たら、事態はゲンドウが思っているほど深刻なものじゃない、とリンコが起きる前に私が言ってあげないといけない気がして、私はゲンドウが来るまでリンコに付き添っていた。しばらくすると、保健室のドアを叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
 私が言うと、静かにゲンドウが入ってきた。
「……リンコは大丈夫なのか」
「うん、寝てるだけ」
 二人で黙ってリンコの寝顔を見つめる。しばらく静寂が続いた後、ふとゲンドウが口を開いた。
「ノゾミ、」
「なに?」
「リンコはいつも部屋でどんな感じなんだ?」
「うーん……」
 ゲンドウにそう訊かれて私は返答に困った。まさか寝るまでずっとゲンドウの機体をいじくり回している、とは言えるわけがない。
「メカニックの仕事が大変そうではないか?」
 私が答えられないままでいると、ゲンドウはより明確な質問を投げてきた。
「ああ、それは全然大丈夫よ」
「それならいいが……リンコは寝不足だったのか? こんな風になるほど俺がリンコに負担をかけさせているとしたら……」
 このままだとリンコが起きた後、リンコが何を言ってもゲンドウはそれは俺の責任だとしか言わないような気がしたから、私は「あのね、」と言ってゲンドウの言葉を遮った。
「誰が悪いってわけじゃないの、ゲンドウが自分を責める必要は全くないわ。リンコはリンコなりにゲンドウのことを思って……まあ、ちょっと頑張りすぎちゃったけど、それだけなの。だから、リンコが起きたら、リンコの話を先に聞いてあげて」
「分かった」
 そう言ってゲンドウがベッドの横の椅子に座ったのを見て、私は保健室を後にした。
 
 私が昇降口を出る頃には、もうとっぷりと日が暮れてしまっていた。私がリンコのために自ら進んで残ったからしょうがないのだけれど、みんな先に帰ってしまっていて、寂しく、そしてリンコを羨ましく思った。
 リンコがゲンドウのために頑張りすぎてしまう理由を私は知っている。でも、それを私がはっきり言ってしまうのは、リンコのためにできなかった。リンコが起きたとき、その理由をどこまで話すのか、どこまで言えばゲンドウは納得するのか。自制できなくてこんな事態になったのだから、それくらいの罰を受けたっていい。ああ、私ってほんとお人好しだな。そう考えていると、
「ノゾミ」
 と急に声を掛けられて驚いた。
「タダシ……!!」
 心臓がきゅっとするほど嬉しかった。タダシが校門のところで待っていてくれたのだ。
「リンコ、大丈夫だったのか?」
「うん、平気よ」
 タダシと一緒に帰れるといっても、決して彼の口数は多くはない。でも、タダシの隣にいると不思議な安心感がある。会話が少ない分、その安心感を心置きなく味わうことができる。
 タダシがまたライフルを持ってくれたら。それに越したことはないけれど、それは別にいつのことになっても構わない。
 それよりも、今、隣でこの瞬間を共有できていることが、何よりも嬉しい。今日、もしかしたらまた仲間を失うことになっていたかもしれない事態があったからこそそう思う。
 隣を歩く夕日に染まったタダシを見ると、思わず笑みが零れた。
「え、ノゾミ、俺の顔に何かついてる?」
「ううん、なんでもないよ」


角砂糖をおひとつどうぞ


2018.12.25


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