クリスマスなんてものは、自分には無縁だと思っていた。
 無論、幼い頃はクリスマスに父がLBXやパーツや武器をくれたので、「ここ数年は」という話になるが。
 特に去年は、身の削れるような戦いもあって、クリスマスだけでなく、他の季節の行事などにもかまっている暇はなかった。あの時はほんとうに、僕らにはそういった娯楽を楽しむ余裕なんか皆無だった。いや、世界や僕らの命がかかっていると分かる前から、LBXでの戦いと競争を中心とする生活の中では、そういうことへの興味は後回しにされがちだった。

 ……どうして急にこんなことを言い出したかというと、今年はそのクリスマスをめいいっぱい楽しもうとする人たちが周りに溢れているからである。
 いつの間にか寮の娯楽室の真ん中にはクリスマスツリーが据えられ、日に日に女子生徒たちによって派手に飾られていた。昨日なんか、どこで手に入れたんだと思わず訊きたくなるような大きな電飾を、ユノとキヨカとリンコがぐるぐるとツリーに巻きつけていた。それだけでは飽き足らず、娯楽室はおろか、エントランスや食堂、挙句の果てには男子寮まで飾り付けようとする始末である。
「……すごい行動力だな」
 ただただ呆れ返ることしかできないハルキが絞り出すように呟く。
「なに言ってるの」
 両手どころか両腕にきらきらとした装飾を抱えてユノが言う。
「せっかくこうして楽しめるんだから、楽しめるだけ楽しまなきゃ損じゃない」
 その隣にはリースやオーナメントがたくさん入った箱を持ったキヨカ。
「25日はパーティだから」
「トメさんの許可はもらったのか?」
「当ったり前よ! むしろ喜んで会場貸してくれたわよ」
 ユノが動くたびにモールが光を反射して輝く。キヨカの持っている箱の中身もそうだが、一体、こんなもの、こんなに大量に、今までどこにしまってあったんだろう?
「というわけで、みんなプレゼント用意してきてね!」
 リンコの声に振り向くと、その後ろにはスズネやヒナコを始め、ダック荘の女子たちがそれぞれ手に装飾の品を持って勢揃いしていた。どうやら女子総出で強行の飾り付けを行うらしい。
「だいぶ強引だが……」
 勢いに圧倒されて戸惑いを隠しきれないハルキが目を泳がせている。
「これはどう転んでも強制参加だろ、パーティには」
「まあ、しょうがないね……」
 でも、とサクヤが急に真面目な顔になって言う。
「こうしてクリスマスをめいいっぱい楽しめるのも、セカンドワールドでの戦いが無事に終わって、生徒会のランキングバトルも円滑に運営できてるからだよね」
 確かにな……と僕とハルキは目を合わせる。
「ロストによる強制退学も、現実世界の代理戦争も背負わなくていいとなると、こんなに思いきりいろいろ楽しめるものなんだな」
「LBXで戦ってるってこと自体は変わらないのにね」
「不思議なものだな」
 ハルキとサクヤが話しているのを余所に、僕は今ここにアラタがいたら、と考えていた。
 考えるより先に、ユノと一緒に装飾を抱えて、寮のあちこちを飾り付けて回るアラタの姿がはっきり浮かんできた。そして僕にもハルキにもサクヤにも押し付けて、戸惑う間もなく、僕らも飾り付けに奔走させられていただろう。それを想像して思わず笑ってしまった。怪訝そうな目を二人に向けられたので説明すると、確かにアラタなら、そして、確かに手伝わされそうだ、と二人も笑った。
 いつもいつでも、楽しむことを全力で楽しんでいた人。
 突然、その存在が傍にないことを痛感して、心の底が冷えたように寂しくなった。今、どこにいて、なにをしているんだろう。しばらく音沙汰はない。部屋に入る直前にユノ(女子たちは本当に男子寮まで飾り付けていた)に呼び止められ渡されたリースをそっと隣の机に置いて、あの笑顔を想った。



 25日。この日は女子たちはもちろん、男子も何となく浮き足立っていた。僕の目にも、寮の至るところに施された飾り付けが一層輝かしく見えた。みんなの話題は専ら今晩のパーティについてで、男子がその内容をほとんど知らない一方で、女子はクラス関係なく大勢で集まりあれこれと算段を立てている。
 その集団を通り過ぎようとしたところで「あ、待って!」とユノの声が掛かり、捕まってしまった僕らはしぶしぶ振り返る。
「乾杯の音頭はハルキがとってくれるよね?」
「な、何の話だ」
「すっとぼけないでよ! 今日のパーティのことに決まってるでしょ!」
「俺はパーティの進行に関してはよく知らないから、ユノでもかまわないんじゃ……」
「やってくれるよね?」
「……はい、やります……」
 満面の笑みで語気を強めたユノに逆らえるはずもなく、ハルキは乾杯の音頭を引き受けた。サクヤは同情的な顔をしていたが、僕は思わず吹き出してしまった。顔を赤くしたハルキにキッと睨まれたが、まだ声を出して笑わなかっただけマシだと思う。アラタがいたら爆笑していただろう。そして激昂するハルキと、宥めるサクヤ……実際にそうなったことはないが、きっとそうなるだろうな、というのは想像に難くない。
「今夜のパーティ、楽しみだな」
 だいぶ嫌味っぽい台詞になってしまったが、まあいいだろう。朝から笑ったので、学園に向かう足取りが少し軽くなった。

 パーティは大成功だった。そのほとんどを(自主的にやったとはいえ)女子に任せきりだったので、今度は男子も手伝うよ、なんて話まで出た。パーティは一旦、これまたユノに「乾杯の音頭やったんだからもちろん閉めもやってくれるよね?」と突然頼まれたハルキの一本締めによって閉められたが、ひたすら騒いだ余韻と浮かれた空気が名残惜しい。まだ残って飲み食いするもよし、部屋に帰るもよし、の雰囲気の中、どうしようかと迷っていると、「ちょっと」とトメさんに呼ばれた。
「少し間が空いたけど、いつもの子から葉書が来たよ」
「本当ですか!」
 電撃が走ったような衝撃の勢いで、思わずつんのめって訊いてしまった。
「ありがとうございます!」
 受け取った葉書の裏を見て、そのまま会場から駆け出した。その葉書には、真夏の真昼間に、サンタクロースの格好をして、いっぱいの笑顔を浮かべるアラタが写っていた。

 思わず飛び出してしまった外は寒く、冷たい空気が頬を刺してきたが、さっきまで騒いでいた熱がまだ体の中にあるので、それほど気にならなかった。
 それより、今の気持ちを、思いも寄らないほど遠くにいるアラタに伝えたかった。ここで言葉にしても伝わらないけれど、冬の夜空を見上げて思いきり息を吸った。
 空に浮かぶ無数の星が、海の向こうの陸の光が、いつもよりもずっときらきらと輝いて見える夜だった。そこに吐き出した白い息がふっと解けて消えていく。
 アラタ、僕は今、神威島での生活を、めいいっぱい楽しんでいるよ。


届けたい言葉、ひとにぎり


2015.12.25


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