ウォータイムの後、一人学校に残って戦闘報告書を片付けたハルキは、未だ雪の多く残る道をダック荘に向かって歩いていた。
 昨日の夜から降り出してあっという間に積もった雪は、早朝には日を受けてきらきらと輝く荘厳な景色を見せたが、神威島の人々の生活に支障が出るため、昼のうちにあらかた道の端へ寄せられた。多少は日の光で溶けたとはいえ、夕方になった今でも商店街のあちこちにどっしりと腰を下ろしている。
 そんな状態なので、寮に帰るには水を含んだ雪を踏むこともやむなく、ハルキの靴とズボンの裾はすっかり冷たく濡れてしまった。

 ダック荘の近くまで帰ってきたところで、ハルキは、ばしゃばしゃ、びしゃっ、という音と、聞き覚えのある叫び声を聞いた。やれやれ、今度は一体なにをしでかしているのやら、とため息をついて門をくぐる。
 すると、やはりそこでは我が第一小隊のメンバーが、制服が濡れてしまうのもかまわず、情け容赦なく雪球を投げつけ合っているのであった。さっきの悲鳴はヒカルが投げた雪球が制服の中にまで入っていってしまったアラタのもののようだ。
 雪球を避けるために雪で背の低い防壁まで作ってあって、思った以上に本格的な雪合戦のようだ――と呆れ半分に感心していると、ハルキは顔の両側から思いっきりアラタとヒカルの雪球を食らってしまった。
「なんだハルキ、帰ってきてたのか」
「ちぇっ、絶対ヒカルに当てたと思ったのに!」
「ふん、そんな球じゃハルキを捕らえるのが精一杯さ」
「なんだと! 今度こそヒカルにばっちし当ててやる!」
「……二人とも、俺に何か言うことがあるはずだ」
 ハルキは言い聞かせるように低くゆっくりとそう言うと、自分を挟んで口論を始めた二人の顔を掴んでぐいと左右に引き離した。
「えっ? あ、ああ……ごめん」
「すまない」
「はあ……まあいい」
 ハルキは顔と上着から雪を払い落とす。改めて二人を見ると、驚いたことに、制服のままであるだけでなく、なんと手袋やマフラーといった防寒具の一切も身に付けていないのである。
「二人とも寒くないのか……元気だな」
「動き回ってれば寒さなんて感じないな」
「むしろ暑いくらいだぜ」
 さほど息は上がっていないものの、二人の顔は真っ赤なので、相当庭を駆け回っていたということが分かる。
 サクヤの姿が見えないな、と思ったが、庭の端のちょうど寮の軒下にあたるところで雪だるまを作っていた(驚いたことにサクヤまで防寒具不装備である)。どれもサクヤの身長より大きいものばかりで、多少デフォルメされてはいるが、ドットブラスライザー、バル・ダイバー、トライヴァインだと見てすぐに分かる出来で、雪だるまというよりはもはや雪像といったほうがよさそうである。
「しかし……こんなに好き放題やってトメさんに叱られないのか?」
「それなら大丈夫だぜ!」
 いつの間にまた始めたのやら、どうしても雪合戦でヒカルに勝ちたいらしいアラタが、庭中をせわしなく走り回りながら言う。いや、叫んでいる。
「トメさんが庭の雪かき手伝うなら遊んでいいって言ってくれたから!」
「それならそろそろ始めないと暗くなってしまうぞ」
「わーったわーった!」
 そう言う割に雪合戦をやめる気配が全くないので、ハルキは仕方なく雪かきの準備を一人で始めることにした。背後でまたアラタがやられた声がする。

 寮の向こう側にある納屋に向かう途中、西に傾く日に赤く照らされているなめらかな雪と、柵を隔ててその下に広がる冷たい海を見て、ハルキは思わず足を止めた。
 ……制服のまま雪で遊ぶなんて、中学生でも雪を見れば寒さや冷たさを忘れて遊びたくなるものなのだろうか?
 コートを着て首元にぐるぐるとマフラーを巻きつけても寒さは身に凍みるし、雪を踏んで濡れた足元はまだじんじんと冷たい。しかし、再び歩き出したハルキの顔にも、心なしか笑みがあるように見える。あまり表立って喜んだり、はしゃいで遊ぶようなことはしないが、ハルキ自身も雪が積もって多少は心が浮き立っていたのである。
 納屋から取り出した四人分の道具を抱えて、ハルキは未だ踏み荒らされていなかった雪に少しだけ足跡をつけてみた。

 雪かきをみんなで始めて数分後、サクヤが動きを止めて両手の指を見た。そしてはあっと息をかけている。
「どうした、サクヤ」
 ハルキが差し出されたサクヤの指を見ると、全ての指が赤く腫れたようになっていた。そりゃそうだ。手袋もつけずに長いこと雪で遊んでたら誰しもそうなる。霜焼けだ。
 ハルキはポケットからトメさんにもらった薬を取り出した。もしかしたらあの子たち霜焼けになってるかもしれないけど、霜焼けにはこれが一番だからね、ととても気が利くトメさんの折り紙付きの薬である。
 ハルキがサクヤの冷たい手を取ってその薬を塗ろうとしたとき、アラタとヒカルも薬を塗ってほしそうに赤い指を出しているのが見えた。手袋もつけずに雪で遊んでいたら誰しも霜焼けになると言ったのでもちろんこの二人も例に漏れない。それから、汗をかいた上に雪で濡れた制服そのままなので、いよいよ日が落ちてきて気温が下がりぶるぶると震えている。
 はしゃぐのはかまわないがその後のこともちゃんと考えろ! 自分がしていたマフラーとついでにこれまたとんでもなく気が利くトメさんがくれたホッカイロを二人に向かって投げてハルキは叫ぶ。
「順番に塗ってやるから並べ!」


スノーブレイク


2014.9.18
2015.9.4 修正


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