※大きい奏秋くんと小さい真波くん





 夕方になってもなかなか帰ってこないものだから、心配になって、いそうなところを片っ端から駆けずり回ってみた結果がこれだ。まあ、そんなことだろうとも内心では思っていたけれど。 
「ほら、泣くなよ真波。そんなに泣くとかっこ悪いぞ」
 俺は真波の背中をさすってやる。未だにしゃくり上げている真波の膝には、大きな擦り傷ができていた。大方、はしゃいで走り回っていたら、何かに躓いて転んでしまったとか、そんなところだろう。……しかしまあ、派手に転んだもんだ。
「家帰ったら消毒するから、汚れだけ洗い落とそうか」
 水場に真波を連れて行こうとすると、また痛い思いをすると悟ったのか、真波は明らかに体を固くした。それ以上に、真波の顔の強張りがそれを物語っている。俺はコホン、と勿体振って咳をしてから、真波に言い聞かせるように、ゆっくり言った。
「傷をそのまま放っといて、バイ菌が体の中に入ったらどうする?もっと痛い思いをすることになるよ」
 俺のその言葉か、それとも俺の様相そのものにびっくりしたのか、真波は恐る恐る水道の蛇口を捻って傷を洗い始めた。でもやっぱり痛いものは痛いようで(というか、そんなに乱暴に洗ったらそりゃあ痛いだろうとは思うんだけど)、うおおいてえ、と叫びながらばしゃばしゃと水と格闘している真波に、俺は苦笑を禁じ得なかった。
「うん、頑張った頑張った」
 真波の後ろから優しく手を貸してやると、真波は途端に大人しくなった。これでまた家で消毒するときにはわあわあ喚かれるんだろうな、と思うとちょっとだけ気が滅入ったが、そんなことも一瞬で頭から振り落とさせてくれるくらい、俺に大人しく膝を洗われている真波はかわいらしかった。

 夕焼けの空に、元気の良い歌が響いている。真波が歌っている歌には音程が怪しいところが多々あるけれど、一緒に歌ってやるとそれはすぐに直る。
 ここに来たときに大泣きしていたとは思えないほど、今の真波は上機嫌だ。真波の手には、ちょっとした草や花なんかが握られている。
 最初は心配したけど、とりあえず今は機嫌を直してくれたみたいで良かった。大きく息をすると、夕方の湿った匂いと、周りの家の夕飯の匂いが混ざって、何となく幸せな気持ちになった。
「かなあき、きょうのごはんなに?」
「んー、真波の好きなものかなあ」
「じゃあはやくかえろうぜ!」
「真波、ストップ!」
 また突っ走ろうとする真波を、俺は慌てて引き止める。ほら、そうやってすぐ走り出そうとする。だから転んじゃうんだって、真波は。
 確かに早く帰りたい気持ちも分かるけど、俺はもっと、ゆっくりこの時間を満喫していたいなあ。振り返って俺を待っていた真波の片手を取る。
 さあ、のんびり歩いて帰ろうか。


からすがなくから


2013.3.7
2013.9.15 修正


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