朝の練習を終えて教室に入ると、既に席に着いていた浜田に声を掛けられた。
「泉さ、今日の練習終わった後、家来ない?」
「はあ? なんでよ」
 浜田の突然の提案に唐突すぎて訳の分からなかった泉は、口を尖らせる。
「なんでって……泉、今日が何の日かくらい、分かるだろ?」
 浜田にそう言われて、泉は首を捻った。なんだろう。今日も至って平凡な平日だし、特に大きな学校行事もないし、泉には思い当たるようなことは一つもなかった。
 分かんねえ、そう言うと浜田は椅子に座ったまま、大きく後ずさる素振りを見せた。
「ええ!? 泉、そりゃないでしょ……」
「……だから? 今日は何の日なんだよ」
 泉は焦れて、浜田に尋ねる。
「今日は、泉の誕生日だろ」
「そうだっけ?」
 自分の誕生日にすら興味のない泉に浜田は呆れ返って、頭を抱える。
「そうだよ。……だから、今日練習終わった後、お前の都合さえ良かったら、家で鍋とか、ケーキとか食ったりできたらいいなって」
「それが俺の誕生日パーティーになるわけ?」
「三橋とか田島も呼んでいいからさ」
 食材はもう買ってあるし、と浜田が伸びをして言った途端、始業のチャイムが鳴った。そんじゃ、また後で。そう言って浜田は黒板の方を向いてしまった。
「(なんか突然いろいろ言われすぎて訳分かんねえ)」 
 泉は自分の席に向かう途中、ケータイを開いた。
「(えーと、今日って、何日だったっけ)」
 ケータイの画面に表示された日付をちらっと見てから、泉は首を振りながら、静かにケータイを閉じた。

 夏の間は朝早くから夜遅くまで練習する野球部も、さすがにこの時期になると帰りの時間は多少は早くなる。日がすぐに落ちるので、五時頃にはもう暗くなって、ボールを追えなくなってしまうからだ。
 浜田は家に帰ってから、いそいそと食材を仕込んでいた。
「泉何時くらいに来るのかな……てゆーか誰か連れてくるとか、そういうのも何も言ってくんなかったし。……ま、とりあえず大量に作っとけばいいか」
 食材を鍋に入れて煮込んでいる間に、思ったより多く出た生ゴミをまとめ、次の燃えるゴミの日はいつだったか、とカレンダーを確認した。
 「え……? は、う、嘘だろ……!?」
 浜田は顔から血の気が引いていくのが分かった。カレンダーを何度見ても、その事実は変わらない。深呼吸。二回。少し落ち着いた頭で考えても、やはり自分の間違いは間違いであった。
「(やべえ……どうすりゃいいんだよ……これ……!)」
 虚ろな浜田の視線の先には、ぐつぐつと食材が煮込まれている鍋がある。……どうするったって、せっかくなんだし、泉を祝わないわけにはいかないだろ!
 浜田は食材がよく煮えていることを確認してから、火を消して、いくらか着込んで、財布を持って外に出て行った。

「(あー……さむ……)」
 泉は練習帰りの道を歩いていた。運動して温まった体も、長い間寒い外気に晒されれば冷えてしまう。
 これから浜田の家に行くけれど、その前にちょっとコンビニにでも寄っていこうか、そう考えたとき、自分を呼ぶ、聞き覚えのある声がした。
「浜田!」
「泉……ごめん!」
 出会い頭に、ほかほかと湯気を立てている中華まんをバッと差し出して、浜田は泉に謝った。
「その……泉の誕生日が……昨日だったなんて……俺、全然気が付かなくて……」
「今日は三十日だもんな」
「ごめん……」
 泉は、浜田の手からぱしっと中華まんを奪い去った。
「でも、祝ってくれるんだろ?」
「そりゃ……まあ……」
 浜田のその返事を聞いて、泉は「あちち」と言いながら、中華まんを半分にした。
「……半分やるよ」
 どうせ浜田ん家行けばもっとたくさん食えるんだろ?そう言って泉はニカッと笑った。


勘違いは終わりましたか


「俺だって自分の誕生日のことなんか忘れてたぜ」
「そうなのか?」
 中華まんを少しずつ頬ばりながら、二人は浜田の家まで歩く。
「俺は自分の誕生日を覚えてなかった。で、お前は俺の誕生日を覚えてたけど日にちを勘違いしてた」
「はあ……なんで俺、勘違いしてたんだろう」
 浜田はうなだれる。
「さあな」
「……一日過ぎちゃってるけど、これだけは言わしてくれよ。泉、誕生日おめでとう」
「……ありがと」
 もっと嬉しそうに言え、なんでだよ、礼言ったんだからいいじゃねえか、なんやかんやと言い合いと取っ組み合いが始まる。
「あーもー浜田うるせ!早くても遅くてもおめでとうって言われるだけでも、祝ってもらえりゃ俺はうれしーんだよ!だからありがとって言ってんじゃねーか!」
「わ、分かった泉!分かったから!放せ!」
 未だにフーッと息の荒い泉を浜田が宥める。
「クソ……あ、三橋と田島も呼んでいい?」
「いっそのこと野球部全員呼んじゃえば?」
「馬ァ鹿、帰りの方向違うヤツらなんかもう来れねえよ」
 泉は浜田を鼻で笑う。でも、やっぱ人数居た方が楽しいよなあ、と言ってケータイで連絡し出す辺り、泉は喜んでくれているみたいで良かった、と浜田は安堵の息を吐く。
 気が付いたら浜田の家はもう目と鼻の先だった。ああ、今回もしてやられた気がするけど、泉は楽しそうだからまあいいか。



HAPPY BIRTHDAY IZUMI!!

2012.11.29

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