今日は爽やかな秋晴れの土曜日で、私は泉の家に来ていた。
 こう言ってしまうと、これはまるで至極普通のことのように思えてしまうけれど、大抵の休日は部活ばっかりで暇な時間なんか殆どない泉の予定が空いてるなんて、まして私が泉と一緒に居られるなんて、夢のような出来事だ。
 ただ一つ残念なのは、私の体調が完全でないこと。最近、急に寒くなってきたこともあって、どうやら軽く風邪を引いてしまったようなのだ。もし私が本調子だったら、進んで街にも出て行ったのだけれど。
 泉と会話を交わす間にも、時折咳が出る。泉はその度に怪訝そうな顔で私を見てきたけれど、余計な心配を掛けたくなかったから、私は気丈に振る舞っていた。
 それがかえって体に悪かったのかもしれない。
 突然、ふらりと視界が揺れた。私は咄嗟に手を突いて何とか持ち堪えたけれど、体の力がどんどん抜けていくようだった。
 そんな私を見かねたのか、泉は「ちょっと待ってろ」と言って部屋を出て行ったかと思うと、薬やら冷えピタやらを持って帰ってきた。
「だ、大丈夫だって……」
 薬飲め、と強要してくる泉の腕を押し退けようとしたけれど、生憎、上手く力の入らないその手は、泉の腕をすり抜けて行った。私たちは必然的に抱き合う形になってしまった。
「馬鹿、無理すんなって」
「無理、してない……」
 いつもより近くで聞こえる、いつもより少し低い声に少しばかり驚きながらも、何とか答えた。もっとさらりと言い退けてやりたかったのに、こんな弱い声じゃ、その言葉が本当は嘘だなんてすぐにばれてしまうだろう。
 あ、やっぱりため息吐いた、泉。
「薬だけは飲んどけ」
 そう耳元で有無を言わせぬ声色で言うものだから(いや、もう、私だってかなりしんどかったのだ)、私は薬を飲んだ。そして泉は続ける。
「お前が風邪引いたら、俺の気が気じゃないんだけど」
「ほら、やっぱりそうだ」
「は?」
 私の言葉に、泉は意味が分からない、という顔をした。私は泉の腕からすり抜けて言った。
「泉に心配掛けたくなかったのに」
 どうして、どうしてこんなところで泣きたくなるんだろう。自分が不甲斐なかった。私は、いつも必死で頑張ってる泉の重荷にはなっちゃいけない。泉が辛い時に私が支えてあげたいって思ってるのに、どうして私が泉に支えてもらってるんだろう?
 涙を隠すように手を目元に持って行くと、泉はまたため息を吐いた。
「お前なあ」
 そして泉は私の手を取る。
「もっと俺を頼って欲しいんだけど」
「だって……迷惑でしよ?」
「迷惑なんかじゃねえよ」
 泉は私の目を見て言った。間近で見る泉の瞳は、幼い子どものような光を湛えながらも、大人の男の人のように落ち着いた、そして強い意志を宿している。
「……それに、俺が風邪引いたら、お前だって心配するだろ?」
 泉に言われて、私ははっとした。
「……うん、そうだね」
 ああ、なんだ、お互いさまってことなのか。
「でもやっぱり、あんまり重たい人にはなりたくないよ」
 泉には、心置きなく野球をしていて欲しいから。
 そして、私はそんな泉が好きだから。
「……分かった」
 じゃあ早いとこ治しちゃおうぜ、と泉はベッドから毛布を引きずり出すと、私と自身をすっぽり包んだ。……温かい。安心したからか、そして薬も効いてきたのか、途端に眠気が襲ってくる。
 泉のためにも、本当に早く、風邪、治さないとね。
 泉は優しく、私の頭を撫で続けてくれていた。





 ふと目が覚めると、泉の寝顔がすぐそばにあった。
 どきりと心臓が跳ねたけれど、寝ている泉を起こしてしまわないように、なんとか平静を保って、泉の顔をまじまじと見つめてみた。
 意外にも綺麗な肌に、そして長い睫毛。今さらながら、泉に抱き締められている感覚に顔が熱くなる。
 泉が起きるまでは寝てた方が良いんだろうけど、ああ、これじゃあもう、眠れる気がしない。





泉誕生日企画「息をするということ」さまに提出
Happy birthday,IZUMI!!


2011.11.29
2019.3.11 修正


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