[A Happy New Year]

吐く息が白い。冷えて感覚のなくなった指先をこすりあわせた。その手を、ぱしりとつかまれる。
「悪い…、待たせた」
目を上げれば、頬に傷を走らせた少しばかり人相の悪い男が、ばつの悪そうな顔で立っていた。彼が申し訳なく思っているのが伝わってきたので、冷えた両手を握る大きなてのひらにすり寄った。
「…あたたかいです」
「……すまん」
「いいえ。片倉さん、行きましょう?」
つないだ手を軽く引いて促せば、彼、片倉小十郎は、気まずそうな表情を浮かべながらも鳥居へと足を向けた。
振りほどかれなかった手のひらの暖かさに、笑みがこぼれた。


あまり大きくない近所の神社。昼前という時間帯もあるのか、境内には数えるほどの人しかおらず、ゆったりと参拝することができた。お賽銭を入れ、二礼二拍手。一礼の前に、今年の抱負を自分に誓った。なぜだかお参りをするときはどうしても頭の中が空っぽになってしまう。願い事がちっとも浮かばず、手を合わせるだけ。それでは何のために来ているのかもわからなくなるので、最近は開き直って自分自身に誓いを立てることにした。神様はさしずめ、立会人といったところか。我ながら不遜だなあと苦笑がもれる。
礼をしていた身体を起こせば、隣の片倉もちょうど顔を上げたところだった。
「おみくじ引きましょうおみくじ」
さりげなく手を取ってうながせば、少しだけ驚いた顔をしつつも彼も笑って手を握り返してくれた。
この神社のおみくじはセルフサービスだ。百円と書かれた小さなお賽銭箱が置いてあり、おみくじが入った箱が隣に置いてある。百円玉をお賽銭箱に入れて、最初に指に触れたおみくじをつかんだ。
「末吉……」
「お、大吉」
「片倉さんずるい!」
「ずるいとか言われても。中身はどうなんだ」
呆れ顔で言われて紙面を見直した。まず最初につつしんだ行動をとれと書いてあり、それ以外でもそんなに悪いことばかり書かれていたわけではなかった。
「あ、縁談は早い方がいいそうです」
読み上げれば片倉がむせた。首をかしげていると、なんでもないとごまされてしまった。
末吉のおみくじを結んで、もう一度二人で鳥居をくぐる。なんとなく神社を振り向いていたら、彼に肩を引き寄せられた。
「次の参拝客の邪魔になるだろ」
「……すみません」
そのまま当然のように手を握られ、彼に連れられて歩いた。駐車場に車を停めてあったらしい。風がさえぎられるおかげで少しばかりは暖かい車内に乗り込んだ。
片倉がエンジンをかけ、暖房をつける。温風に手をかざして、ようやく一息ついた。
「お前はなんてお願いしたんだ?」
「……今年も頑張ります、かな」
「それ抱負じゃねえか。いいのかそれで」
的確なつっこみにくすくすと笑いあう。
「やっぱり本人の甲斐性もあるじゃないですか。頑張って幸せな一年にしますよー、と」
「なるほどな」
「そういう片倉さんは」
「俺はまあ、無病息災、家内安全」
「じじくさ」
「あん?」
「ゴメンナサイ」
「おう」
シートに後頭部をあずけて、フロントガラスから見える冬の空を眺めた。
「……そういえばな、俺のおみくじだが」
右を向けば、彼は手元のおみくじに目を落としていた。運転席に座る彼の横顔を眺める。
「縁談、今を逃すな、だと」
彼が助手席のシートに手をかけた。上半身を乗り出してくる。触れるほど近くにある彼の瞳を見つめながら、息をひそめて囁いた。
「不束者ですが」
「末永くよろしくされてやる」
「俺様め。政宗みたい」
「うるせえよ。いいから俺と一緒になってくれ、…いや」
すっと離れた彼に左手を取られ、薬指に口付けられた。
「私と結婚してください」
初めて出会ったときのような丁寧な口調。上目づかいで見つめる彼に、嗚咽をこらえて頷くだけで精いっぱいだった。

all over...


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