[ Boy meets Girl ]

お互いに、どうでもいいと思っていた類の人間だったはずだ。
そのはずがまあ、どうしてどうして。
いつの間にかかけがえのない存在になっていたなんて。
なんてベタな、ボーイミーツガール。

     ***

秋晴れの放課後。元親は、本を読んでいるのだろう幼馴染の元就を迎えに図書館に来ていた。今日はバンドの練習があるのだが、どうせあの男のことだ、本に夢中になって普通に忘れているだろう。普段なら練習に来れなくても構わないのだが、今日はいてもらわなければ困ると政宗が言ったため、ちょっとお前呼んで来いよと元親はパシられたのである。
「……ま、俺いれて三人しかいねーからな今日。元就にもいてもらわねーと困るよなあ」
ため息をつきながら閑散とした図書館に入り、どうせわけわからん研究書の方だろうと奥の方に足を向けて、
元親の背丈より大きい本棚の影に隠れるようにして折り重なった男女の姿を見て立ち尽くした。
「………も、となり」
何やってんだお前ここは学校だぞ大丈夫か頭、節操なしにもほどがあんだろ校内でつばどころか手まで出してんじゃねーよバカしょっぴかれるぞ。
絶句する元親の心情を正確に読み取ったのか、女子生徒を押し倒していた男子生徒は、鼻を鳴らして立ち上がると、嫌そうな顔でつぶやいた。
「貴様の言いたいことはわかっている。…貴様も、わかっているだろう」
「……そりゃ、な」
長い付き合いだ。さすがに現場を目の当たりにしたのはこれが初めてだが、こういうことは他にもあったのだろうし、どうして元就がこういう行動をするのかもある程度理解している。
互いの考えを読んだかのように二人して押し黙り、元就は舌打ちをして元親の横を足早に抜けた。呼び止めようとした元親を振り返り、携帯電話を揺らしてみせる。
「どうせ用件は練習だろう?すまぬが今日は出ない。政宗に連絡は入れておく」
貴様の分もな、と言って、元就は今度こそ踵を返した。残された元親は呆然をその背を見送り、はっと気が付いて女子生徒の方を振り返った。
これ、俺、もしかしなくても元就のしりぬぐい押し付けられてねえ?
「………よい、しょ」
倒されていた女子生徒は小さく呟きながら上半身を起こし、突っ立ったままの元親を見向きもせずに何かを探すようにぱたぱたと手を動かす。苛ついているのか、ときどき眉間にしわを寄せながら床を叩く姿を見ているうちに、はっと思い至って足元に転がっていた赤縁の眼鏡を拾い上げた。
「これ、お前の?」
床に座ったままの女子は思い切り肩を揺らし、こちらを睨みあげてきた。その剣幕に若干引きながら差し出した眼鏡を、彼女は恐る恐る手に取って慣れた手つきでかける。
「……あなた、誰ですか」
眼鏡をかけた女子生徒は驚くほど感情の抜け落ちた表情と声で呟いた。先ほどまでの剣幕との落差に面食らいつつも、気難しい幼馴染の非礼をわびる。
「元就の知り合いだ。さっきはなんかあいつが粗相したみてーで、とりあえず俺から謝っとく。すまねえな」
それを聞いた彼女は唐突に泣き出した。
「っ、お、おい?」
ぎょっとして膝をつき、彼女の顔を覗き込む。小さな体をさらに縮めるようにして抱きしめて、途切れ途切れの嗚咽を漏らす女子生徒は小刻みに震えていて、ああ怖かったのか、とそんな当たり前の事実にようやく気が付いた。
見知らぬ男に突然押し倒されるなんて、普通の女子生徒にとってはどれほどの恐怖だろうか。彼女はそれに耐えるために思考や感情を停止させていたのだろう。
元親はいたたまれなくなって彼女の頭に手を伸ばしたが、気配を感じたらしい彼女が弾かれたように顔を上げ後ずさったため、手のひらは空をかいた。こちらを見る女子生徒の表情は硬く、ひどく怯えていた。
「あー…その、悪い。大丈夫か?」
何もしねえから。感情を抑え込みながら泣く姿に庇護欲をかき立てられてうっかり伸ばしてしまった手を下ろしながら、元親は困ったように笑ってみせた。
「すまねえ。あいつにはちゃんと言っとくからよ。…怖かったよな」
女子生徒は何も言わなかった。怯えた目でこちらを凝視する彼女に辛抱強く笑いかけながら、ごめんな、と繰り返すうちに、彼女は目を伏せていえ、と呟いた。
「あなたじゃ、ない、ですから。ごめ、なさい」
かすれて聞き取りづらい声だった。途切れ途切れの震えた声だった。ごめんなさい、は先ほど元親から距離をとったことに対してだろうか。彼女が悪いわけではないというのに。
「いや、俺こそ、その、配慮、足りなかったし」
なぜか泣きそうになっている自分に、元親自身が一番驚いていた。
必死に恐怖に耐える彼女に同情したのか、強がる姿に申し訳なく思うのか、それとも。
(なんで俺、こいつに何もしてやれねえの)
涙を拭うことはおろか、気の利いた言葉の一つも言えない自分に打ちのめされて、元親はただ呆然と彼女を見ていた。
ようやく落ち着いた少女がそそくさと彼の横を通り過ぎ、下校を促すチャイムで我に返るまで、元親はただそこに座っていた。



...all over.



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