足を一歩進める度に、敷き詰められた茶色の絨毯がカサカサと音を立てる。季節の変わり目ということもあるのか、吹く風はすっかり冷たくなっていた。空を仰ぐと、これまた赤や茶色に変化した葉っぱが埋め尽くしていて、どこもかしこも秋色だなと思った。
 こんなに山奥を散策するのは初めてだろう。時折聞こえてくるのは鳥の鳴き声か、もしくは自分たちが踏みしめる落ち葉のさざめく音くらいだ。ドングリやまつぼっくりを集める兄貴のポケットはすでにパンパンだった。俺のポケットまでもがパンパンだった。兄貴から渡されたものや、なんとなく自分が拾ったもの、大きさや形、色もそれぞれ違って見える。


「あっ、見て」
「おお……リスだ」


 兄貴が指を差した先を見ると、リスがちょこまかとドングリを拾っていた。なんか可愛いな。しかも、ちょっと兄貴に似てるし。おもむろにしゃがんだ兄貴が、手の平いっぱいにドングリを乗せる。その隣に腰掛けて息を潜めていると、リスは少しずつこちらに近付いてきた。くんと鼻をひくつかせ、兄貴の手からドングリを持ったとき、俺たちは思わず顔を見合わせてしまった。まさか本当に来るなんて、思っていなかったから。


「すごい……僕、こんな近くでリス見たの初めて」
「俺も……」


 声を最小限に抑えて囁き、まじまじとリスを見る。くりっとしたビー玉みたいな目をこちらに向けたそいつは、すぐにまたちょこちょこと木の上に登っていってしまった。ああ残念、と兄貴は眉を垂らして笑い、木の幹にドングリを置いた。一連の動作から滲み出る優しさが、たまらなく愛しくて、つい抱きつきそうになるのをぐっとこらえる。行き場をなくしてわきわきしていた手を、慌てて頭の後ろに組んだ。
 ゆっくりとその場を離れたとき、一度肩越しに振り向いたらそこでなにかの影が揺らいだ気がした。きっとそう、さっきのリスだ。兄貴のドングリ、拾ってくれたんだ。に、と唇を緩ませ前に向き直ると、兄貴は少し首を傾げながら俺の顔を覗き込んだ。


「なにニヤニヤしてるの?」
「いや、べつに」
「ふうん……?」


 不思議そうにしている兄貴の興味は、すぐに周りの景色へと移った。つられてそこを見た俺も、つい立ち止まる。所狭しと立ち並ぶ木々が、大きな湖に反射して映っている。そう、まるで鏡のように。風の動きに合わせてゆらりゆらりと揺れる水面も、実際に葉を揺らす木も、同じはずなのに映りかたが全然違くて、きれいだった。
 自然と口を閉じ、ただ一心に見入る。一瞬にして惹きつけられるくらい、目前に広がる景色が世間離れしているのだ。自然と自然が結び合うことで生み出される独特な幻想、光の反射や角度によって変わる表情、どれもが呼吸を忘れさせるほどのインパクトがあり、完全な「無」になった時間があったように思えた。それが長いのか短いのか、俺にはわからない。


「……きれい」


 ようやく兄貴が口を開いた、と思ったらやはり当たり障りのないことだった。これが精一杯なのだろう。かく言う俺は頷くことしかできなかった。何故かそこだけ切り離された特別な時間が流れているように感じる。人が居ようがいまいが、ここにはいつもずっと変わらない時間が流れていたのだと思うと、少し損をしたような、もったいないような気持ちになった。だからこそ、今、知ることができてよかったのかもしれない。







***


「うひょ〜! 待ってました!」


 数時間が経過したのち、今度はつやつやした葡萄の山が俺たちの目前に広がっていた。まだ手をつけてすらいないのに、甘い香りが鼻先をくすぐり食欲をそそる。本来は葡萄狩りがメインだったはずなのだが、来るまでに思わぬ収穫がたくさんあった。それはそれで、まあ、よしとしよう。手もきれいにしたところで、ようやく「いただきまーす!」と声を合わせ、うまいうまいと頬いっぱいに詰め込んでいたら、リスみたいだと兄貴に笑われてしまった。



秋がかくれんぼ


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あのね、のえっちゃんこと榎本さんから、なんと、私の誕生日のお祝いにいただきました!
お祝いの言葉だけでもすごく嬉しかったのに、こんなに可愛いらしい吹雪兄弟のお話までくださるなんてあなたは、私を嬉しさとか何やらで昇天させたいんですねそうなんですね!?笑

湖の情景描写が素晴らしいです……!そしてやっぱり士郎とリスさんには通ずる可愛いらしさがあると思います。動きとか目の辺りとか?

素敵なお話をありがとうございました^^


2011.10.16


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