今日は地区の夏祭り。夕方、お祭りの始まる少し前に、私は着慣れない浴衣を着て彼が来るのを待っていた。
私がわざわざ浴衣を着て、どきどきと少しの不安を抱えながら彼を待っているのは、彼――士郎くんが私をお祭りに誘ってくれたからだ。
大丈夫かな。浴衣、変じゃないかな。そもそも、士郎くんは私なんかとお祭りに行っていいのだろうか。……まあ、士郎くんのお誘いを受けて、嬉しくて迷わず首を縦に振ってしまった私も私なんだけど。
「(あっ、来た)」
普段見ない彼の私服姿に、胸がきゅっと高鳴る。そして彼の綺麗な白銀の髪の毛は、夕日の下でさえ分かりやすい。私は考えごとを打ち捨てた。大丈夫、大丈夫。深呼吸をして心を落ち着かせる。
「名前ちゃん?」
私を見て、ちょっと気恥ずかしそうに目を逸らした士郎くんの頬が赤みを帯びているのは、きっと夕日の所為だ。きっとそうだ。
「か、可愛いね……」
私は自分の耳を疑った。びっくりして顔を上げると、眉を下げて微笑む士郎くんと目が合った。
「ありがとう……」
そ、その顔は反則だよ士郎くん……。彼の頬が赤いのは、夕日の所為だけじゃなかった。私の顔も、彼に負けないくらい赤いんだろうけど。
「ふふ、じゃあ、行こっか」
「う、うん」
未だにどこか気恥ずかしそうな顔のまま、私の手を引いて、士郎くんは歩き出した。士郎くんの手を握ったのはこれが初めてではないけれど、こんなに自分の手と士郎くんの手が触れ合っているのを意識したことは初めてかもしれない。気持ちいい冷たさで、その上手触りは滑らかで、一瞬、女の子のように思ってしまう。でも、私の手に比べると大きいし、骨格もしっかりしてるし、うん、やっぱり男の子なんだよなあ。男の子の手、士郎くんの手を握ってるんだと思うと、私の心臓は勝手に早鐘を打ち始める。
どうしようどうしよう。私の手、汗ばんでたりしないよね?
そんな不安を掻き消すため、私は士郎くんに呼び掛けた。
「ねえ、士郎くん!」
「なに?」
士郎くんは振り向く。
「本当に私とで良かったの?」
「うん、僕が君と来たかったから」
士郎くん、そういうことはさらりと言わないで欲しいな。心の中の不安を掻き消すどころじゃなかった。どうしよう、これじゃ最後まで心臓が保たないよ。

お祭りの会場に着いた時、私たちはあまりの人の多さにびっくりしてしまった。
ずらりと並んだ提灯には火が灯されていて、それが人の目に反射してきらきらと輝いている。あちこちの屋台からは香ばしい匂いが漂ってくる。威勢のいい掛け声、子どもたちのはしゃぐ声、嬉しそうな笑い声がそこらじゅうに反響しては空に消えていく。
お祭りの雰囲気を楽しむのには十分だったけど、この様子だと屋台をゆっくり回るのを楽しむことはほぼ不可能そうだ。
「名前ちゃんは、何が欲しいの?」
「私?私は……林檎飴かな」
「分かった、林檎飴ね」
そう言うなり、士郎くんはまた私の手を引いてずんずん歩いていった。士郎くんは上手く人を避けて歩いているけど、私もそう上手く歩ける訳じゃない。一瞬、手が離れそうになってしまって、慌てて士郎くんの手をぎゅっと握ると、士郎くんもしっかり握り返してくれて、それがただただ嬉しかった。

私たちが林檎飴を買えた頃、ちょうど花火が始まるようだった。士郎くんは、こっちこっちと私を案内してくれた。
「ここ、花火がよく見えるんだ」
「へえ、よく知ってるね」
私たちがそう話している間に、花火は始まった。
「わあ、本当だ……」
色とりどりの火の華が空を彩るたび、周りから歓声が上がる。私も林檎飴を食べながら花火に見入った。思ったように屋台は回れなかったけど、こうしてゆったりと士郎くんとお祭りを堪能できるのも、悪くはないなと思った。
花火に見とれていると、ふと、士郎くんの手が伸びてきて、私の手ごと林檎飴の棒を彼の方に引き寄せた。そして士郎くんは林檎飴をかじる。
「あっ、私の……」
士郎くんに振り向いて、私の林檎飴、と言おうとした口は、士郎くんの口によって塞がれていた。
甘い。林檎飴の、味がする。
「ひ、人が見てるよ!」
漸く唇を離してくれた士郎くんにやっとのことでそう言った。彼の一挙一動にどきどきさせられすぎて、初めに感じていた不安なんて、もうどこかへ消えていってしまった。士郎くんは笑っている。
「大丈夫。みんな花火に見とれてるよ」


手を引いて気を引いて目を引いて


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そあさん、リクエストありがとうございました!
夏祭りというシチュエーションを頂きましたので、私の中の夏祭りのイメージで好き勝手やらせて頂きました!
自分でもびっくりするくらい甘く……甘くなりました……笑

こんなお話で宜しければ、どうぞお持ち帰りくださいませ(*´∀`*)
リクエストありがとうございました!

2011.8.26


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