〈6〉

トリップしてから一月ほど経って、軟禁生活もだいぶ板についてきた。最近は、お仕事の合間に遊びに来てくれる幸村くんや佐助さんに練習した琴やら琵琶やらを聞いてもらったりもしている。
さてさて、今日はなんだかお屋敷が騒がしい、というか浮ついた雰囲気というか浮き足立ってるというかあれ意味一緒か。そんなかんじで、明け方から皆さんバタバタしてらっしゃるので何事かと思って冴さんに聞いてみた。ちなみに今は彼女が運んで来てくれた朝餉を頂いてます。
「同盟国である奥州から、お客人がいらっしゃるのですよ」
「と、いうことは、伊達政宗公ですか?」
「ああ、ご存知なのでしたね。…その知識、あまりひけらかしませんよう」
「わかってます。わたしだって命は惜しいですもん」
それはそもそも軟禁された理由だ。支配下に置かれるなら生を、拒むならば死を、と言外に告げられているのだから、そんなミスは犯しませんって。
そんなような意味合いのことを言葉に乗せて微笑めば、冴さんは苦い顔でため息をついた。
「……時々、嫌味なくらい切れ者ですわよね、晴さん」
「やだ、褒めても何も出ませんよ?」
冴さんは否定しなかった。なのでテキトーに茶化して朝餉をかっ込む。どっちにしろ、わたしにとって大切なのは絶対に帰ることで、そのために死なないことで。殺されないためならいくらでも知識くらい隠してみせるっていうだけの話。
ごちそうさまでした、と両手を合わせて頭を下げる。その膳を持って冴さんが立ち上がった。
「対外用のあなたの身の上は覚えてらっしゃいますね?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ではその通りに。また八つ時に来ますから」
「はーい、おとなしくしてます」
元気良く返事を返せば、ちょっと困ったように笑って冴さんは退出した。


     *


なんだか勉強する気にならなかった。ので、縁側でオケの楽譜を勉強していたら、中庭で影が動いた気がして目をやれば、そこに、
「……What?」
驚いた表情の独眼竜がいらっしゃいました。
……おう、びっくりした。いや、フラグ立ったかなとは思ったけどホントに出会うとは思ってもみなかった。え、あれ、でも大丈夫かな。別に会っちゃダメって言われてないから大丈夫かな?
内心テンパりながらもしばらく無言で見つめ合って、彼が「Ah,sorry…」とか呟いて視線を逸らしたところでふと思いついたので話しかけた。
「How do you do,Mr? What are you doing?」
突然放たれた英語に隻眼を見開いて、彼はこちらを思い切り振り返った。
興味を引くことには成功した模様。
「…How do you do,Ms? I am searching for a man」
あまり聞かない、しかし自分にはなじみのある言語を無視することは出来なかったらしい。彼は少し焦った表情で早口に呟いた。
その英語に少し違和感を覚えて、首を傾げる。
「人を探しているならlook forが一般的だと思うけど」
そう日本語で指摘してやれば、隻眼の彼は目を丸くして、しばらく口をパクパクさせるとわたしに食って掛かってきた。
「おま…っ、話せるんじゃねーか!」
「いやそれこっちのセリフ」
最初に英語をしゃべったのはそっちだ、と苦笑すれば、彼は言葉に詰まって髪をかき回した。
「Shit……やられたぜ」
「まあそんなわけでこちらも対応してみました。ところでどちら様で?」
「あ?オレがわかんねぇのか。あー、あれだ、先触れがあっただろ?」
いや、わかんないわけじゃないけど確認の意味も込めて。なんて口が裂けても言えないなあ、と心中で苦笑した。
「これはとんだご無礼をいたしました。奥州からのお客様でいらっしゃいましたか」
「あー、まあ、そうなんだが。そう堅くなるなよ。敬語もいらねぇ」
「ですが…」
申し出はありがたいんだけど、さすがに身分的なものもあるし危ない橋は渡りたくない。
そう思って言いよどめば、察したらしい彼は「オレが肩凝るんだよ」と苦笑して、目の前の濡れ縁にどかりと座った。
肩越しに振り向いて、その隻眼で笑う。
「せっかく南蛮語わかるヤツに会えたんだ、気兼ねなく話してぇじゃねーか」
「……そんなもん?」
「そんなもんだよ。お前、なんてーの?」
「晴といいます。真田さんに拾われた迷子」
「オレは伊達政宗だ。独眼流のが通りがいいか?んで、迷子って何だ。……孤児、か?」
「いや、当たらずも遠からず…というよりむしろ似て非なるもの、かな」
「なんだそりゃ」
「話したくない、…ごめん」
「そりゃ、無理には聞かねーけど…」
釈然としない面持ちで、でもそれ以上追求してこなかった彼に感謝する。佐助さんや幸村くんが考えてくれた設定を忘れたわけじゃないしないがしろにしたいわけでもないけど、嘘を吐くのはあまり得意じゃないのだ。
「ちなみに、姓と名、どっちで呼ばれたい?」
「Ah…Please call me Masamune」
「ん、たぶん歳同じくらいだろうから、政宗くんって呼ぶね」
「お前いくつ?」
「もういくつ寝ると18」
「Really!? 冗談だろもっと小せぇかと」
「うっわ、童顔は否定しないけどあからさまに言われるとむかつく!」
ちくしょう、これでも背は冴さんとかわんないんだぞ!現代の女子なめんな!
というか「もういくつ寝ると」には突っ込まないのか。一応満でも数えてんのかな。まあいいか魔法の言葉があるし。
だってバサラだから、と心中で呟いた。
「そういう政宗くんはいくつよ」
「Ah…十九、だ」
「数えだよね?年の割りに……いや失言でしたすみません大人びてて格好良いと思いますだから刀抜かないで!」
続く言葉を察したのか、片足立ちになって腰の刀に手をかけた政宗くんに平謝りすれば、彼は鼻を鳴らして座りなおす。
「お前がガキくさいんだ」
「ああもう、悪かったってば」
「けっ。知るか」
「ごめんてば。機嫌直してくださいー」
「……じゃあ、お前がなんなのか喋ったら、許す」
放たれた言葉にぎょっとして彼を見れば、どこか挑戦的な笑みを浮かべてこちらを見ていた。その目が興味と好奇心に溢れているのを見て取って、一度は流してくれたけど気になってたのか、と苦い笑いがこみ上げる。
「……それは無理だなあ」
目を逸らして言ったわたしの返答にちょっと瞠目して、政宗くんはこちらに身を乗り出してきた。
「なんでだよ?真田に口止めでもされてんのか?」
「うんまあ。そんなとこ」
「We cannot control the tongues of others、っていうだろ」
「わたしは例外で」
「それなら女中にでも問いただす」
「残念ながら女中さん知らないんだなぁこれが」
「………どうしても言わないつもりか」
先ほどとは打って変わって低く抑えられた声が響いた。わたしを見据えていた政宗くんの目が不穏に細められ、すっと空気が鋭くなる。彼の放つとんでもない威圧感に押し潰されそうな心を叱咤して、なんとか顔を上げ続けた。
半眼の彼を見つめ返して、しっかりと頷く。
「……うん」
「どうしてもか」
「どうしても」
「言わなければ殺すと言っても?」
「うーん、それはちょっと困るなあ」
「だが、……言わないんだな」
笑って頷けば、深くため息をついた政宗くんが髪をかき上げて苦笑した。あれほど重たかった空気が嘘のように霧散する。
「じゃ、お前には聞かねぇよ」
「あーっと、真田さんに聞いても教えてくれないと思う。ホントのところはいつか話すよ」
「……絶対だぞ」
「きっとね。まあ、いつになるかわからないけど」
「約束だからな」
ほれ、と差し出された小指に思わず言葉を失った。
わたしはいつまでこの世界にいるかわからない存在だ。もしかしたら、彼に話す前に元の世界に帰れてしまうかもしれない。だからその場しのぎで言っただけなんだけど。
…だけど、それでも、せっかく知り合えたこの隻眼の彼と再会できるようにと、願いをこめて。
小さく笑って、彼の指に自分の小指を絡めた。
「わかった。……絶対、守る」
「ん。よし」
満足そうに微笑んだ彼は、腕を伸ばしてわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。突然のことに慌てて払いのけようと腕を上げれば、触れる前にぱっと手が離れた。
「そんじゃ、またな」
「え、あ、帰るの?」
「人を探してるっつったろ」
そういえばそんなことを言ってたな。すっかり忘れていたけど、最初の会話はそれだった。なんだか随分と付き合せてしまって申し訳ない。
引き止める言葉も浮かばなかったので、またね、と手を振る。
「じゃーな、また会いに来るぜ!」
肩越しに手を振った政宗くんは、そのまま庭の向こうに消えて見えなくなった。


   ×××


だいぶ見慣れてきた城内を、適当に捕まえた兵士に案内させながら足早に抜ける。話によると、あの熱い男は自室で政宗の到着を待っているらしい。どうせなら案内よこせよ、とか思ったりしないでもないんだが、迷ったおかげで面白い女と会えたのでチャラにしてやろうと思う。
自分と同じ、南蛮の言葉を操る女。南蛮の楽譜らしき紙を眺めていた。部屋を覗けば史記や伊勢と並んで見慣れない書物があった。脅しても自分のことを絶対言わなかった。でもいつか言うから、と約束した。
待っててやるつもりではあるが、だからといって疑問を解消する労力を惜しむつもりはない。
「着きました」
兵士が一礼して去っていく。部屋にいる人物にテキトーに声をかければ、入室の許可が下りた。目の前の襖を勢い良く滑らせ、部屋に足を踏み入れる。
「Hey,幸村。テメーが女を軟禁してるとは穏やかじゃねぇなあ?」
その瞬間、一切の動作を停止して愕然とこちらを見た幸村の顔は見ものだった。



to be continued...


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