〈3〉

一通り話し終えて、佐助さんが手ずから注いでくれたお茶を一口すする。湯飲みに目線を落としながらこっそり二人を伺うと、二人とも難しい顔をしていた。
うん、さすがに、突拍子もなさすぎる話だっていうのはわかってるつもりですが。
沈黙がいたたまれないので、再びお茶をすすって誤魔化した。
「にわかには信じがたい、話でござるな……」
腕を組んだ幸村くんが呟いた。わかりますよ、自分のいる世界と良く似た別世界が多数存在してるなんて突然言われても信じられないですよね。ましてそこから人がやってくる、なんて。わたしも今日まで信じてませんでした。
信じてよ、と縋りたい気持ちはあるけど、それをやるとみっともないので、ぐっとこらえてあいまいに笑う。
「ですよね。ちょっと突拍子もなさすぎますもんね」
「しかし、本当だとしたら、晴殿は…」
「そうですね、真偽はともかくとしても、わたしは帰る家もなくて行くアテもない迷子なことには変わりないですね」
「……すまぬ」
「なんで謝るんですか。わたしは大丈夫です。あ、でも、打算的なことを言わせていただくと、衣食住を探すのに便宜を図って欲しいなぁとかこっそり思ったりもしてますけど」
あは、と笑えば、隣でお茶を注いでいた佐助さんが吹き出した。
「図太いねぇ。なに、晴ちゃんの世界の子はみんなそうなの?」
「いえいえ、わたしが変わってるだけです。……信じてくれるんですか?」
きょとんとして伺えば、少しだけ優しい笑みを浮かべて頷いてくれた。
「うん。それなら、アンタの現れ方にも説明がつくからね」
「現れ方?」
「何もない空間から出てきたんだよ。俺様は横から見てたんだけど、なんか透明な境界線があるみたいに、そこからこう、少しずつ」
「うわー、じゃあ身体が半分しか見えてなかったりとか」
「してたぜ。最初は死体かと思った」
「ぎゃー…自分のことながら見たくない光景ですね」
虚空から生身の人間がずるっと現れるとかホラーすぎます。ちょっと想像してみて気持ち悪くなってしまった。そんな登場の仕方をしたわたしと、よく普通に話してくれたな佐助さん。
「だから、俺様は信じる。じゃなきゃ説明つかないし、嘘吐いてるようにも見えないし」
これでも職業柄、人を見る目はあるつもりでね。そう言って笑った佐助さんにたまらず頭を下げた。どう考えてもこの世界には異物だろうわたしを、しかし受け入れてくれた気がしてどうしようもなく嬉しかった。
「…ありがとうございます…っ!」
「いいって。真実なんだろ?」
「たぶん。…そうとしか考えられないので、わたしには」
「だってよ、旦那。どうする?」
話を振られた幸村くんが、小さくうめいた。
「…そ…某も、信じる、ぞ…うむ、と、当然だ」
「……いやいやいや、ちょっと旦那。目が泳ぎすぎでしょうよ」
はあ、とため息をつく佐助さんの隣でわたしも苦笑した。
虚空から人が出てくる、といった非日常を目の当たりにした佐助さんと違って彼は何も見ていないのだ。変わった代物を持っていて、変わった着物を着ていて、ちょっと知識がありすぎる、それだけの人間にしか見えない。
その気持ちもわからないでもないので「そんなことはないぞー…」と視線をさまよわせる幸村くんに助け舟を出した。
「無理に信じていただかなくても。ただ、わたしはこの他の説明は出来ません。何を聞かれても、これに基づいたお答えしか出来ません」
「晴ちゃん?いや、旦那は認めたくないだけで、疑ってるわけじゃないと思うぜ」
「それはわかりますよ。だから、無理に受け入れる必要もないですっていう、助け舟を」
「……いいの?」
「佐助さんは信じてくださいましたから」
微笑んで目を向ければ、佐助さんも「参った」と笑ってくれた。
そのまま二人で笑いあっていたら、
「……ぅあああ!そ、某も信じる!信じるぞ、晴殿!」
だから仲間はずれにしないでくれ!と大型犬、もとい幸村くんは泣き付いた。
その慌てっぷりがあんまり可愛かったので、ついくすりとしてしまう。
「いいんですよ、別に」
「あああ!だから信じると!」
「そうだぜ旦那、無理すんなって」
「う、うるさいでござる!お前なんか減給だ!」
「ひでぇや!」
よよよ、と泣き崩れた佐助さんを一瞥して、幸村くんは頬を高潮させたままわたしに向き直った。
「行くアテも、帰る場所も、ないのでござろう?」
「ええ…」
「帰る方法も、わからぬのでござろう?」
「……はい」
「そして、その知識は……野放しには、出来ない」
「あ……」
わたしの説明をするときに、バサラの話もしたのだ。最北端で少女が一揆を起こしましたか、と訊ねたら、二人とも心底驚いた顔をしていた。それは、奥州に程近い越後と、同盟国の甲斐くらいしかまだ知らないはずの情報だったらしい。
それに、いくら違う世界とはいえ未来人であるわけだし、乱世後のそういう情報を少なからず持っているわたしを野放しにしておくのは確かにいささか危険すぎるだろう。
「だから、こちらで、衣食住を提供しよう。某とともに上田城に来てほしい」
「……軟禁、てことですか」
「一概には否定できないでござる、な」
申し訳なさそうに、しかしはっきりと彼は言った。ということは、拒めば最悪の展開もあり得るということだ。
それだけは避けたい。生きるために帰るために、心を決めて笑う。
「わたしはそこで、勉強していてもいいですか?」
何を聞かれたのか一瞬わからなかったらしく、きょとんとした幸村くんだったが、すぐに頷いた。
「もちろん。日常の行動をあまり制限するつもりはないでござるよ。某は、身寄りのない迷子を拾っただけでござるからな」
その言葉にほっと胸をなで下ろせば、首を傾げた佐助さんが口を開いた。
「その心根は旦那にも見習ってほしいぐらいだけどさ、なんでまた勉強?」
「………確かに俺は勉学が苦手で逃げ回っていたし今も苦手だが佐助なんて嫌いだ……」
「え、だって。帰ったときに困るじゃないですか」
「あー。未来も大変なんだね」
なんだかネガティブオーラを背負った幸村くんを尻目にかけて、わたしはそのまま佐助さんと談笑することにした。
結局、彼が復活したのはお茶がなくなってからだった。



...to be continued.

back

- ナノ -