〈12〉

 気ままに軟禁生活を送っていたわけだが、それにもそろそろ限界がきたようです。信玄公との相談の末、武田軍のどなたかがわたしの後見人となり、身元の保証をしてくれることが決まったのだそうだ。
 そして、これまでと変わらずに過ごすため、幸村くんが嫁候補として考えている、こともないようなそんなような、だから近くに置いておくのだと、ふんわりした形で噂を広めているのだとか。
 て、手合せを!と裏返った声で叫んだ幸村くんが政宗くんを連れて逃げるように去った後、呆れたようにため息をつきながら現れた佐助さんから、そう詳しい説明を受けた。なんだか色々と展開が早すぎて、衝撃も強すぎて、いまいち上手く飲み込めなかったのだが、話をするからと移った部屋の中で佐助さんと冴さんに、ひとまずわかりましたと頷いた。
「なにからなにまで、ありがとうございます」
「いや。そういうわけだから、特に気にせずいつも通りで頼むよ。ま、せっかくだから旦那の初心なとこなんとかするの協力してほしい」
 人の心の機微に聡い彼のこと、おそらく佐助さんは、わたしが彼の主に抱いた馬鹿馬鹿しい思いに気が付いているのだろう。そして、それ以上にわたしが帰りたいと願っていることも知っている。
 その上で言う佐助さんはひどいと、少なからず思う。思うけれども、それを責める権利はわたしにはなかった。
「期待に沿えるか、わかりませんけど」
 苦笑を返せば、大丈夫だと佐助さんは笑った。期待してないという意味か、いつも通りでいいという意味か。彼が伝えたいのは後者だろう。
 特別なことをする必要はない。それだけで少し呼吸が楽になる気がした。
「ですが、今後は外へ出かけることが難しくなりますよ」
 冴さんが少し眉を寄せながらわたしの肩に手を添えて言えば、同意するように佐助さんが頷いた。
「お冴は付けっぱなしにするし、旦那と俺様も出来るだけ来るよ。窮屈で悪いね」
「あ、いえそんな!そんな、ほんとにこれ以上ご迷惑、かけるわけには」
 謝る佐助さんに慌てて言えば、彼はいいや、と片手を振った。
「こっちだって打算で動いてるから」
 それは、わたしの利用価値と同等の危険度を危惧したものだろう。わたしの知識が他国にばれてはいけない。この国に縛り付けてとどめておかなければいけない。自分の意思で外に出ることがないように、彼らによる拘束は飴と鞭の形を取っていることくらいはわかっているつもりだ。
 とはいえ、よくしてもらえば情も湧く。すべてが真心ではないと言われようが、わたしはもう彼らのことが好きになっているのだ。
 これからもお世話になります、と、わたしは二人に向かって深々と頭を下げた。


     *


 手合せを終えたのか、政宗くんとともに戻ってきた幸村くんに改めて説明を受けた。窮屈な思いをさせてすまぬ、と言う彼に思わず笑みが浮かんだ。
「佐助さんにも同じことを言われました。ありがとうございます」
「む、左様でござったか。なるべく某たちも様子を見に来るようにする」
「旦那、それも俺様が言った」
「そうか。ああそうだ、その、嫁候補、などは、気にしないで過ごして頂きたい」
「それも言ったよ」
「……そうか」
 視線を落として黙り込んだ幸村くんの表情から、何も読み取れなくて困惑する。向き合う幸村くんとわたしから等距離に座ってこちらを見ていた政宗くんが、おい、と声を上げた。
「おい、幸村」
 その政宗くんを振り返った幸村くんが、膝を打って大きな声を出した。
「そうだ、政宗殿もこちらに来たときには是非、会っていってくだされ」
「それは構わねえ、が、お前」
「何か不自由があれば冴に申し付けてくれ。では、某はこれで失礼する」
「幸村!」
 言い捨てて立ち上がった幸村くんに、政宗くんも立ち上がって相対した。政宗くんはどうやら静かに怒っているようで、対する幸村くんの表情はやはり読めなかった。
 ほんの数秒、睨みあい。
「……失礼する」
 ふいと視線を外した幸村くんが、そのまま政宗くんの横を通り過ぎて出て行った。政宗くんはもう彼を呼びとめず、舌打ちをして座りなおした。
 佐助さんは幸村くんを追って行ったのか姿が消えている。困惑した表情の冴さんと顔を見合わせ、わたしは政宗くんに近寄った。
「……どしたの」
 問えば、いらだった表情を隠しもせずに、彼は再び舌打ちをした。
「あいつ、お前をここに縛り付けんのは本意じゃねえって言ってたんだ」
「うん、そうだとしても、仕方ないことだって」
「………ちっ」
 俺が口出すことじゃねえかもしれねえ、とひとりごちて、政宗くんはため息をついた。わたしは彼が何を言いたいのかわからず、ゆるりと頭を左右に振る。
 ぐしゃりと自分の後ろ髪をかき回した政宗くんは、もうひとつため息を零して、
「謝るとこ、違うだろ、あいつ」
 吐き捨てた彼のその言葉の意味が、わたしにはちっともわからなかったのだ。



to be continued...




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