〈11〉

先日までの不穏な空気はどこへやら、開け放した障子の向こうに見える空は清々しいほどに真っ青だった。
「いい天気ですねえ」
「いい天気でござるなあ」
八つ時。自ら茶菓子を持って訪ねてくれた幸村くんは、縁側に腰を下ろして青々とした庭を眺めていた。
以前に幸村くんが来てから一週間ほど経っている。結果として、あのあと幸村くんたちは確かに出陣し、三日程度で帰ってきた。どこで誰とどういう戦闘があったのかは知らない。わたしには、彼らが出陣して戻ってきたことだけが確かだった。
冴さんが淹れてくれたお茶をすする。彼女は戦に行かず、わたしについてくれていた。行かないのか、と訊いてみたところ、戦忍ではないから、という答えが返ってきた。ある程度戦うことは出来るが専門ではないのだという。
おかわりいりますか、という冴さんの声に頷いて、幸村くんが持ってきてくれたみたらし団子を頬張る。もちもちと噛みしめて堪能していると、庭を眺めていた彼が振りかえった。
「いかがでござろうか」
「とてもおいしいです。ありがとうございます」
素直に答えれば、幸村くんは嬉しそうに目を細めた。その笑顔に心臓が飛び跳ねた気がしたが、全力で無視してわたしも笑みを返した。
幸村くんは楽しそうに語ってくれる。
「城下にある店のもので、どれも美味なのだが、このみたらしが特に某のお気に入りでござる」
「街へは、よく行くんですか?」
「視察がてら、見聞を広めるため、という建前でござる。佐助には内緒にしてくだされ」
そう言って彼は悪戯っぽく笑ってウインクした。ちっとも悪びれないその態度に苦笑を返す。佐助さん大変だなあ。
幸村くんに比べてあまりに怠惰な自分の生活を省みて、ため息をついた。
「そのうえわたしなんかの相手をしてくださって、申し訳ない……」
「なに、これしきのこと。以前にも言っただろう」
「お心遣い感謝、です」
「晴殿の奏でる聴きなれぬ調べ、某にとってもよい気分転換になっているのだ」
思いがけない言葉に顔をあげて幸村くんを直視する。目が合えば幸村くんは小さく首を傾げて、世辞ではないぞ、と言った。
この音が届いているのならば、とても嬉しい。口元が緩むのを抑えられなかった。
「……ありがとうございます」
だらしない顔を隠すように庭に目をやって頭を下げたので、幸村くんが一瞬唇を噛んだことには、気が付かなかった。振り返ったときには、彼はいつものように爽やかな笑みを浮かべてお茶をすすっていた。
その彼が、そういえばな、と話を切り出そうとしたとき、佐助さんが現れた。
「旦那、竜の旦那がご到着だ」
政宗くんが。奥州と上田は、そんなに短期間に何度も城主が気軽に往復できる距離だっただろうかと首を捻る。
幸村くんは来たか、と頷いた。
「こちらにお通ししろ。友、に、会っていくのが自然だろう。晴殿の息抜きにもなる」
「いいのか?」
「急ぎではござらん。話は夕餉の時でいい」
「了解。連れてくるぜ」
夕餉の時に、ということは、政宗くんが来た理由はわたしには話すつもりはないということだ。当たり前のことだと頭ではわかっているのに、勝手な疎外感を感じて、悲しみと苛立ちを、覚える。
わたしはトリップしてきたのに。ここの世界の人間じゃないのに。もしかしたら助けになるかもしれないのに。特別扱いしてくれればいいのに。わたしは、わたしは、わたしは。
何様のつもりだ、と声に出さずに自分を罵った。
湯呑みの茶葉とともに沈むわたしの思考を引き上げたのは、政宗くんの軽やかな声だった。
「Hey、調子はどうだ?」
「ま、さむねくん」
咄嗟に唇が動かなくて、ひらがなの発音になってしまった。廊下の向こうから現れた彼は片眉をあげてみせる。
「Once more」
「うん、政宗くん。久しぶり」
「久しいな。これ返す。面白かった」
貸していた英語の教材をぽんと投げてよこして、政宗くんはわたしの隣に腰を下ろす。冴さんが彼にお茶と団子を差し出して、ついでに幸村くんのお皿の団子を増やして、すっと姿を消した。
返されたものをぱらぱらとめくって、幸村くんとは反対側に座る政宗くんの顔を覗き込む。
「渡したペン使ってみた?」
「ああ。いいな、あれ」
「あげるよ」
「Thanks. ……どこで手に入れたんだ、あんなもん」
「トップシークレット」
舌打ちをして政宗くんは団子を頬張り、美味いな、とわたしの向こうの幸村くんに話しかけた。そうだろう、行きつけなのだ、と半拍遅れて笑顔で応えた幸村くんに、政宗くんは眉をひそめた。
「幸村お前、疲れが残ってんのか」
「なに、ご心配には及びませぬ」
「武勇は聞いてるぜ。今度はオレも混ぜろよ」
「政宗殿と戦場を駆けるとあらば、さぞ漲ることでござろうな」
さすが好敵手、仲良しなんだなあ。わたしも笑みを浮かべながら湯呑を傾け、そして続いた政宗くんの言葉に思い切りむせた。
「で、いつの間にこいつはお前の嫁候補になったんだ」
涙目になりながら必死にせき込むわたしの背中を、慌てて姿を現した冴さんがさすってくれる。
幸村くんはため息をついた。
「相変わらず耳が早い」
「なんだよ、こいつには言ってなかったのか。まあそろそろ限界だよな」
「話すところだったのだ。これが一番いいと佐助が……」
二人の声が遠い。嫁候補ってどういう。そろそろ限界、それは、今までの設定のことですか。わたしが軟禁生活を続けるための、新しい設定がもうあるんですか。ああ。そうですよね。ただ、それだけですよね。
咳が落ち着くのと同時に冷静さも取り戻す。周囲の音も戻ってくる。政宗くんがからかうような声音で、幸村くんは焦ったような声音。
「だから!そういう意味ではござらん!」
「それでもなあ幸村、こいつと恋仲って思われてるだろうよ?」
「……っ!」
絶句して固まった幸村くんが、政宗くんから視線をずらしてわたしを見る。目が合う。
「……あ、う」
ぼん、と音を立てて赤くなった幸村くんを呆然と見ることしかできなかった。
それは、どういう、意味なの。



to be continued...




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