〈9〉

政宗くん率いる奥州の皆様方が帰ってしまってから半月ほど。桜も散って、あたりはもうすっかり夏の景色へと変貌していた。
「暑くなってきましたねえ冴さん」
「そうですねえ晴さん」
縁側で冷茶を片手に、わたしと冴さんはのんびり八つ時を過ごしていた。
「そういえば、幸村様よりお着物の新調をせよというお達しがありまして、幾らかの金子を預かっております。どうでしょう、明日あたり街に出ませんか?」
嬉しいお誘いに思わず飛び上がった。
「いいんですか!?」
「もちろんです。遠慮などいりませんよ。晴さん、行きましょう?」
「はい!」


     *


次の日、冴さんと二人で城下に繰り出しお買い物をした。可愛いだのきれいだのとはしゃぎながら反物屋や小間物屋を冷かして、それからバサラ屋もあったので、冴さんにお願いしてちらりと覗いてみた。目があった店の人に笑顔でおにぎりを勧められたけれど、体力が減っているつもりはなかったので断っておいた。
しばらく歩いていたらなぜか古着屋があったので、そこで着物を買ってもらうことにした。この時代に古着屋なんてあるのだろうか、というツッコミはしちゃいけないのだろうなあ…なので、魔法の言葉を小さく呟いておきました。冴さんにきょとんとされたけど。
着物のことはさっぱりなので冴さんに数着選んでもらった。どれもこれも趣味がいい、と思う。さすがです。
「この派手すぎず地味すぎない絶妙なセンス…趣味のよさ、さすが冴さんと言うほかありません」
「そんなに褒めないでくださいな」
離れに戻ってきてから購入したものを広げて確認しつつ褒めちぎっていたら、冴さんは照れたように苦笑していた。
明日はこの着物にしましょうか、それともあちらが、なんて他愛もない話に花を咲かせていたら「入るよー?」という佐助さんの声とともに襖が開いた。
「あ、こんにちは佐助さん」
「はいおかえり。こりゃまたいい色だね」
「でしょう!冴さんが選んだんですよ」
自分のことのように胸を張って佐助さんに告げれば、彼は苦笑をこぼして冴さんを見遣った。視線に気づいた冴さんは、恥ずかしそうに目を逸らしてばたばたと広げた着物を片付け始めた。
彼女らしくないあからさまなその行動にわたしも笑みを浮かべて、そしてそれ以上話題が膨らむ前に佐助さんに向き直る。
「どうしたんですか?」
「ああ、ちょっと晴ちゃんの知恵を借りたくて」
言外に含まれた意味に気が付いた冴さんが一瞬で周囲の人払いをしに姿を消した。遅れて気が付いたわたしは戸惑うような視線を向ける。
「……あまりお役に立てるとは、思いませんが」
「わかってるよ」
音もなく戻ってきた冴さんがわたしの隣に座り、佐助さんも腰を下ろした。知ってると思うけど、と前置きをして彼は話し始める。
「現在は四つの勢力が拮抗し、膠着状態になっているというのはいいよね」
「はい」
それは以前に、佐助さんと幸村くんが政務の合間にわたしの相手をしに来てくれたとき、わたしの拙い琴を聴きながら教えてくれたこの時代の情勢だった。四つの勢力がパワーバランスを保ち、無期限の休戦協定のもとひとまずの平和が訪れているのだと。
「ちょっと最近小競り合いが増えてきててねー」
領地が隣り合う属国同士の小規模な戦闘に過ぎないが、その数が増えてきている。それも双方たいした戦闘もせずに終わる資金の無駄遣いのような妙な戦闘もあり、どうにもきな臭いので何か思い当たることとかはないだろうか、というのが佐助さんの相談だった。
どこで何があったのかまでは喋れないと言われ、それならば話を聴いた限りでの表面的な印象からの推測になりますが、と前置きをする。
「勢力をじわじわと削るような、印象を受けました。あまり被害を受けていない勢力があるなら」
「うん、だね。他には?」
「……存命ならば、豊臣、の竹中さんあたりが、やりそうかなって」
「……ふむ、あの食えない軍師か」
ひとつ頷いて佐助さんは腰を上げた。もういいのかと彼の顔を見上げる。
「うん、ありがとう。とっかかりがひとつ増えた」
少しばかり真剣な表情で廊下に向かっていた彼は、襖に手をかけて振りかえるといつものように軽やかに笑った。
「邪魔してごめん。またね」
瞬きをしている間に佐助さんの姿は消えていた。


     ×××


ここ数日で上がってきた報告に目を通しながら、幸村は思案していた。
どうにもきな臭い。もちろん各国は来たるべき大戦に向け準備を進めているのだが、それにしても昨今のこの勢力の動きは少々目に余るものがある。
「……お館様に」
走らせていた筆を置き、墨が乾くのを待つ間で腹心を呼ぶ。書状を託した佐助が先ほどまでいた場所を見るとでもなく見ながら、ふと脳裏を過ぎったのは彼女のことだった。




to be continued....

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