ガムテープを勢いよく剥がしたらきっとこんな音がする。ブチブチと耳障りな音が覚醒を促した。

「骸、骸」

聞き覚えのある声が優しく僕を呼んだ。焦点が合うとようやく分かる。目があった瞬間、沢田は安堵したようにうっすら目を細めた。
記憶を整理しようと経緯を思い出そうとしたところで、

「さ、早く行こう」

と言って、沢田が僕に手を差し出した。
この手を取らなければ彼はきっと悲しむだろう――そう思ったから、僕は手を伸ばした。
しかし、触れようとした瞬間、気付く。

「沢田、怪我はどうしました」

いつかの任務のとき、彼は右手を撃たれて、一生残る傷痕を付けた。しかし、真っ白な手の平は傷一つついていない。

「いらないから、消したんだよ」
「意味不明ですよ」

――偽物か? 思いながら、困惑していた。偽物という可能性はほぼゼロに近いと思えるほど、目の前に居る人は沢田綱吉に似ていたからだ。

「行こう」

沢田によく似た人は僕の手を勝手に取った。ひんやりした手の冷たさは死人を彷彿とさせる。
どこかへ連れられて行く最中、その人は終始、無表情だった。表情の多い沢田とは似ても似つかない。もし彼から表情を奪ったら、こうなるにちがいない、とは思ったけれど。
「ほら、君が探してる人が、あそこに」

沢田が指差した方を見ると、そこにも『沢田』がいた。真っ白なベッドの上で眠っていた。

「やっぱりお前は偽物だったんじゃないか!」

変に高揚した気持ちになって、声高に叫んだ。『沢田によく似た人』をほったらかして、僕は眠る本物の沢田に近づいた。

「沢田、起きなさい、ほら、帰りますよ」

肩を掴んで軽く揺さぶる。
と。
沢田は案山子になった。
――棒の手足と、作り物の頭が、ベッドに転がっていた。
悪寒が走って咄嗟に手を離した。振り向いて、沢田に似た人を振り返る。無表情だった顔に優しい笑みを刻んでいた。

「君が悪いんだよ。いつまでも沢田綱吉を見ようとしない君が。もうなんにも考えたくないって、ストローヘッドになっちゃった」

沢田に似たその人は、両手いっぱいに乗せたたくさんの小さな案山子を差し出した。

「泣き虫な沢田綱吉に、意地っ張りな沢田綱吉に……。要らないって言われて、案山子になっちゃったものだ」

気味が悪くなって、その案山子たちを払いのける。ぱさ、ぱさと、乾いた落下音が聞こえた。

「ひどいことをするね。全部、沢田綱吉でしかないのに」
「何を……。それで、本物はどこなんですか。早く見つけて帰りたいんですよ」
「君が求めている本物の沢田綱吉なんて、きっとこの世界のどこにもいない」

その人は床に散らばった人形を見下ろして、悲しげに笑む。

――お酒飲んだら愚痴言いたいし、ベッドの上では甘えてたいし、大勢の人といるのは楽しいけど、ちょっと疲れる。その反対の俺も同時に存在しているのも本当。
ぽつりと呟いた調子が、僕の良く知る『沢田綱吉』にあまりに似ていたので、再び混乱する。この沢田らしくない人間が、僕の探していた沢田なのか。

「俺にだって、わからないんだよ。何が本物の俺かなんてさ」