ソクラテスの毒杯骸は脚を組んで、イスに踏ん反り返っている。王様のような振る舞いに、綱吉は本来の立場を忘れてしまいそうになった。自分がボスで、向こうが守護者。 綱吉の部屋のイスに骸、ベッドに綱吉が腰掛けて、二人が無言で睨み合っている。 「こっちも暇じゃないんでね、用があるなら早くどうぞ」 「お前、ここに連れてこられた理由分かってるのか」 「詰問」 冷たい骸の視線に、綱吉は縮こまる。だが、ここで怯んではボスとしての任務を全うしていないことになって、――リボーンにお叱りを喰らうハメになるのだった。 (どっちが恐ろしいかは、正直考えたくないけど!) 今は綱吉が、骸を叱る役を担っているわけで。 「この1ヶ月で何人……契約した」 骸はにやついたまま指折り数える。ひいふうみい……八人を手で示した。 「なんで、ボンゴレの人間と契約する必要がある?」 「くはっ。怒ってるんですか綱吉くん。どうせ顔も知らない人間でしょう?なんで君が怒る必要が?」 「仲間を、仲間が操ってるって、それだけでおかしいだろ!それに……言っちゃ悪いけど、お前なら絶対に何か企んでるに決まってる……」 「へえ。信用ないんですね、僕って。でもそんな僕が好きなんだ?」 「っえ、うわあっ!」 ガタタッ。ザクッ。 綱吉は咄嗟に後ずさり、壁に背中をぶつけた。ベッドには、綱吉がいた場所に、骸の槍が深々と突き立てられていた。槍に体重を掛けている骸が、視線だけ綱吉に向けた。 「君の気持ちを知ったとき、悲しかったですよ。叶うはずないと諦めてた感情を掘り起こされたんですから……。でも、だめですね、叶っても、だめです。全くもって喜べない」 槍を霧状に還す。骸はベッドに片膝をついた。ベッドが重みで、ぎし、と軋んだ。 「お、俺が、骸を好き、なわけないだろ」 「そうだったなら僕も幸せだったんですけど、残念です。僕にとっても君にとっても」 ぎし。骸が綱吉に近づく。 「お前っ、俺を好きだって言ってただろ?!俺がお前を好きだと思ってるなら喜べよ!こっ、殺そうとするって、どういう神経して……」 綱吉が顔を背ける。骸が顔を寄せたからだ。 「キスして良いですか?」 「いやだよ……」 「嬉しいくせに」 「思ってない!」 「しますよ」 「いやだって」 綱吉はぎゅうっと目をつむった。 しかし、唇に想像していた感触はなかった。恐る恐る目を開くと、骸が、切なくなるくらいに優しい顔をして綱吉を見つめていた。 「君は、努力してください。僕と幸せになろうと努力してください。僕はそれが不可能だということを示し続けてあげます。大好きですよ、綱吉くん」 綱吉は、一瞬、下唇を噛んだ。そして口を開いて、 「……もう、ボンゴレの人と契約するなよ」 と言った。 「わかりました。また次のいたずらを考えるまでです」 骸は微笑み、唐突に綱吉にキスをした。 目を白黒させる綱吉に向かって、僕に詰問できたご褒美です、と冗談めかして笑った。 骸の住家への帰り道。骸が突然、綱吉に尋ねた。 「嘘をつくことは正義か不正か」 「え?」 「嘘をつくのは悪いことかと聞いてますよ」 「あ、ああ、聞いてるよ。けど……」 綱吉は首を傾げる。真剣に悩んでいる。 「だってさ、つかなきゃいけないウソだってあるわけじゃん。いっつも絶対に悪いってわけじゃないのかなって考えたらさ、悪いことじゃないのかなって」 「じゃあ、母親とかに、嘘をつくなと叱られたことありません?」 「あるよ」 「それって矛盾してると思いませんか」 「……ホントだ」 綱吉は目をぱちくりとさせて、骸を見上げた。当然のように骸も綱吉を見つめていた。 骸は綱吉の心に近寄るのが上手いし、綱吉は骸を受け入れてしまう。 母親が泣いている子供を抱きしめるのと似ている。そう決められていることであり、自分が決めたことでもある。 「綱吉くん。僕は君のために嘘をたくさんつきます。もちろん、それは良いことですよね?」 綱吉が決めたことは、すべて「正しい」。倫理上で、正しいか正しくないかは大した問題ではなく、自分が下した決断は絶対的な「正義」である――ということを骸はすでに知っている。 だから、綱吉に決断させたがる。認めさせたがる。そして、綱吉の「正義」をひっくり返してやりたいと心から望んでいる。 骸なりの「正しさ」を以って。 「僕はこれでも、君に幸せになってほしいと思ってるんですよ?大好きですから」 骸の笑いはうさんくさいと綱吉は思いはじめた。そしてどうしようもないやつを好きになってしまったし、好かれてしまったのだとも。 お前の言葉、全部嘘なんじゃないのかと思うくらいには、綱吉は骸を疑っている。 2012.5.6 「問答法」 |