年を越す



大晦日の午後十一時半過ぎくらいのこと。リビングのこたつで温まりながら、カウントダウン番組を見ていた。毎年恒例なので、母さんは隣でみかんを食べながらテレビを見ているし、チビたちもソファーの上で半分寝かけつつも年越しの瞬間をじっと待っている。じわじわと今年を削り取られる焦燥感を感じていた。
携帯で時計を見る。四十分を指していた。今年が終わってしまうまで、まだ二十分ある。やり残したことはなかったっけ、と頭の引き出しを開けかけて止めた。
いや、やり残したというよりも、むしろ、やりたいことがあった。
「母さん、今から初詣行ってきていい?」
「山本くんたちと約束してたの?」
「まあ、そんなところ」
「男の子だし襲われるようなことはないと思うけど……気をつけて行ってくるのよ」
「はーい」
実際、約束は取り付けてなかった。
階段を駆け上がって、携帯を開く。相手はツーコールで出た。
「今から初詣行くから一緒に行こう。俺ん家前集合な」
用件だけ伝えて、通話を切った。ふと視線を感じたと思えば、いつもは寝ているはずの赤ん坊が、ハンモックの上から見下ろしていた。赤ん坊は半眼を寄越して来る。
「この思春期が。気張ってやがんなァ」
「俺の勝手だろ」
「そりゃそうだ」
寝巻きジャージのまま、なんてことはありえないので、ちょっとしたオシャレ着に着替えなければならない。如何せん相手はかなりオシャレなので、へたな格好はできない。
到着まであと十五分程度。勝負服との闘いを開始する。赤ん坊は相変わらず半眼なのであった。



カイロを握った手をコートのポケットに突っ込んで、塀にもたれて待っていた。
僅かに、急に呼び出したことを後悔していた。もし相手がお風呂上がりだったら髪を乾かすこともしないで慌ててやって来るかもしれない。風邪でもひいたら大変だ。それにこんな寒い中を走らせたら、地面が凍っていて滑ってこけるかもしれない。怪我でもしたらどうしよう。しかも――……。
堂々巡りの思考を繰り返している途中で、「綱吉くん」と呼び掛けられてはっと我に帰った。
彼はもう一度、「綱吉くん」と言い切った。若干、呆れのニュアンスを込められていた。
「急にどうしたんですか、呼び出したりして」
彼は仁王立ちのよく似合う人だ。ブラックの太股を半分隠すようなコートを羽織り、同じくブラックのピッチリとしたパンツを穿いていた。六道骸だ。
心配しているというより、怪訝な顔を向けてくる。
「どうしたんです」
「電話で言ったろ、初詣って」
「それなら元旦の午前中にゆっくり済ませればいいものを」
彼は片手を腰に当てて、頭のてっぺんからつま先まで、俺を観察しだした。一度つま先にまで下がった視線が再び顔に上がり、目があった。
「よく似合ってますよ」
笑わずに言うのだが――彼と懇意になって知ったことだが、彼はあまり笑わない人だった――声が柔らかかったので照れた。この人は、俺の見てほしいところをちゃんと理解している。欲しい言葉を与えてくれる。それは、俺だけが持っている特権なのだと、以前、教えてくれた。
「寒いでしょ。ほら、行きますか?」
彼が左手を差し出した。やっぱりこの人は俺の望むことを見事に当ててくれる。それがむず痒くて、照れ隠しに右手で彼の手を引ったくった。
「あのな、もちろん初詣にも行きたかったんだけど、本当は、年の一番初めに骸に会いたかったっていうのが理由っていうか……。あっ、あの、俺たち付き合ってるしさ、年の最初に会うならやっぱ好きな人がいいっていうか、あの、骸が好きだから……うん、そういうこと」
ひとしきり話して、俺の番は終わりだとばかりに黙った。
「僕も似たようなことを考えてました。電話をかけようか迷っていたらかかってきて、年越しの瞬間が電話でも僕はよかったんですけど、君が誘ってくれたから会いたくなりました。会えてよかった」
「テレビ見てたら今年もあと二十分でさ、こんな適当に年を終えちゃっていいのかなって考えてたら会いたくなったよ。やっぱり顔見て話すのがいいね」
携帯で時刻を確認すると、もう一月一日に日付が変わっていた。
「あけましておめでとう、骸。こういう珍しい年越しも悪くないな」
「去年までは年越しは何してたんですか?」
「家族とテレビ見ながらゴロゴロしたり。ついさっきまではこたつが恋人だったな」
「おや、それは妬けますね」
彼が冗談めかして微笑む。たまに笑うその顔が、たまらなく愛おしい。もっと幸せにしてあげたいと、心から思う。
「綱吉くん、今年もどうぞよろしく」
俺も、顔が崩れた。
「ああ、よろしく」


2012.1.1
あけましておめでとうございます
1月いっぱいはフリーなので気に入ったという方がいらっしゃればお持ち帰りください