友達ではない。




それは、本当に唐突な出来事だった。
――六道骸がいきなり並盛町に現れた。……自らの肉体で。
「こんばんは」なんて、貼りつけたような笑みをもって沢田家に押し入ってきたのが、午後七時過ぎだった。
それから綱吉が驚いて、リボーンが骸に銃口を向け、奈々がごはんを振舞って、八時が回った。
…回った。
「本当に……こんな家がマフィアのドンの自宅?まさか隠し部屋でもあってそこに武器を揃えてるとか」
「なっ、ない!そんな物騒なモンは家にはないぞっ…!」
綱吉はちらりと母親を盗み見て、ほっと胸をなでおろす。マフィアだとか隠し部屋だとか、物騒な話を聞かれたら困る。まだ綱吉は十四歳なのだ、家を出て行きたくはない。
そんな綱吉には目もくれず、骸はテレビの前にあるソファに足を組んで腰掛けていて、正面にある時計を見て呟いた。「まだ八時過ぎか」
(まだ、じゃない!「もう」だ!もう八時過ぎてるんだよっ。図々しいにも程があるって言うか…この人分かんねえ……)
綱吉はリビングテーブルから骸を見て、そのまま突っ伏した。胸中では「はやくでてけよ晩飯ドロボー」と詰る。今日の夕食は綱吉の好きな甘めのクリームシチューだった。骸は綱吉の取り分を奪っていった挙句、なにかといちゃもんを付けてきた。じゃあ食うなよ、と視線で訴えると骸はクフフとするだけだった。
要するに、綱吉は骸を好ましく思っていない。それは相手も同じだと思う…と、綱吉はひとりで自己解決した。
さすがに九時を回れば出て行くだろうと踏んだ綱吉は、だんまりを決め込むことにする。もう何も言わないし動かない。勘のいい骸なら綱吉の無言の訴えに気付くはずだ。
テーブルに突っ伏していると時計が見れない。――それから眠くなる。無視に努めるのに睡眠は効果的だった。綱吉は浅い眠りに落ちた。
八時半の出来事である。
ふんわりと石鹸の香りがする。定番の牛乳石鹸の匂いと、シャンプーの匂いが混ざった、お風呂上りの匂い。
綱吉はぼんやりとする頭を持ち上げた。
「おはようございます」
綱吉の向かいの席に骸が座っていた。綱吉は目を瞬かせた。そして時計を見る。九時半。
視線をずらして骸を見つめる。――いくらか困惑の表情で。
骸の首には沢田家のタオルが掛かっているし、沢田家のお風呂上りの匂いがする。髪もしっとりとしていて、いつもの『房』もしんなりとしていて、不思議な感じだ――というより、これは、オカシイ。
「い、行ったの…温泉?で、何で帰ってきたんだよ」
綱吉は我ながらばかな質問だと思った。
「寝ぼけてるんですか。僕は君ん家のお風呂を借りたんです。ねえ奈々さん」
骸が首だけ回して、奈々を見た。奈々はアイロンをかけながら朗らかに笑った。
「ええそうよー。どうしたのつっ君。あっ、そうね、つっ君は寝てたから知らないのねえ」
骸と奈々の二人がにこにこ――骸はにやにやしているように、綱吉には見える――としている一方で、部屋の片隅にいるリボーンはじろじろと骸を睨んでいた。
リボーンの様子からろくでもないことになったに違いないと、超直感が告げる。
(だ、だめ、働くな働くな、気付くな俺の直感――!)
結論に至ってしまうと、しばらくは立ち直れない気がした。これも直感。
「君の家のお風呂を使うって言うのも、確かに遠慮しますがね、でも僕たち友達でしょう?」
「……はあ?」
「友達でしょう?」
骸が冷えた目で綱吉を見た。話をあわせろと訴えている。
「えっ、あ、ああ…そうだね、ともだちだね……」
「でも、まさかご両親が同時に入院するとは、骸君も災難ねえ……」
骸に両親?入院? 綱吉の目が大きくなった。骸は一瞬だけ綱吉を見て歯を見せて笑った。
「……でも仕方がないです、事故ですから…。でも、沢田さん家にはもっと迷惑をかけてしまっていて――、申し訳ありません……。僕が一緒に付いていっていれば事故はなかったかもしれないのに…!」
正面に座っている骸の目が潤んでいる。綱吉は口の端がひくひくするのを抑えられなかった。
「いいのよ骸君!骸君が責任を感じる必要なんてないのよ!狭苦しい家だけど、自分の家だと思って寛いでね。ということだから、ね、つっ君?」
綱吉は奈々を見て、それから骸を見た。非難の眼差しで。
「それにしても、つっ君もこんなに大切なお友達ができてたのね。お母さん知らなかったわあ。だってつっ君が言い出したんでしょう?この家に来て一緒に住もうって」
「そうですよね?綱吉くん」
口角が痙攣しているとかそんなのはとうに通り越して、全身が怒りによってわなわなと震えた。
震える手でコップを掴んで、中のお茶を勢いよくあおった。コップをテーブルに叩きつけると、地鳴りめいた低音が聞こえた。
「……ようこそ、沢田家へ。骸さん…!」
骸は心の底から楽しそうに、「僕は君みたいないい友達が持てて幸せです」と言った。
リボーンは手中の銃を弄んでいたし、綱吉は骸を睨んでいたが、骸は何のことだといわんばかりに口を開いた。
「そうだ。綱吉くんもお風呂に入ってきたらどうですか?」
綱吉は椅子をひっくり倒して立ち上がり、ここはお前ん家じゃねえから!と、ようやく叫んだ。
もう十時だった。