もう夢が見れないのだと気づいた




唐突に断ち切られた電波のようなものは、少なくとも俺と彼を繋いでいるものだった。
良く言えば、それだけドライでライトな関係だった。悪く言えば、俺はあの人とたったそれだけしか近づけなかった。
もうどうにもならないと知っているから、今更嘆いたって無駄なのだれども。
俺が手に入れたのはただ一枚の紙切れ。


目が覚めると草原だった、ということが度々あった。
目が覚めるとという言い回しには語弊がある。何て言うか、とても表現が難しいのだけれど、夢の中で目が覚めたのだ。
今でもはっきりと覚えている。
初めて草原で目覚めたあの日、俺はあの人とキスをした。
これまた語弊があるのだけれども、俺が望んだ訳ではない。彼が、六道骸が、俺に。それもまた唐突に。
倒れるように顔が降ってきて驚くばかりの俺は、その日、何も言葉を発しなかった。
彼と並んで隣に座って、夢が覚めるまで草原を眺めていた。
心中ではキスの意味、何故骸が俺の夢にいるのか、何故何も言わないのかを考えていたように思う。もしかすると何も考えていなかったかもしれない。ただ骸の隣にいるという、現実では叶わないことが起こっているという事実に感動していた。
けれども、怖くて彼の表情は見れなかった。
自分がどんな反応をするのか怖かった。嬉しがるのか悲しがるのか、たとえ骸がどんな表情をしていたとしても、知りたくなかった。
キスされたくらいで誰かを好きになるほど単純な人間ではないのだ。
次にキスを迫られたら、絶対に拒んでやろうと思った。(この時俺は、また骸に夢で会うことを無意識に感じていた)
それは杞憂に終わるから、良かったのか悪かったのかは謎である。骸は以降、全く俺に触れなかった。
衝撃的な再会を経て、俺は毎晩のように彼に呼び出されていた。
俺がこの草原に来ることを望んでいるから来れるのか、骸が俺に来てほしいと思っているから来れるのか解らない。――解らなくて良い気がする。解っちゃいけない。
そう言い聞かせながら、草原では冬支度を手伝った。骸は冬眠を始めるらしかった。
春まで起きられないから今のうちにいっぱい食べておかないと、と言って、彼はいつもケーキばかり貪っていた。食べかけのスプーンでおすそ分けしてもらったこともある。あの甘いものをよく飽きもせずに食べつづけたものだ。
それから、冬眠中は喋れないので口が固まってしまうだろうから、今のうちに沢山喋っておかないと、とも言っていた。俺は骸といろんな話をした。
会話の中で、冬眠中も夢で会ったらいいんじゃないのかと聞いたことがある。すると彼は、馬鹿ですねと笑うだけで、頷きも否定もしなかった。
緩やかに時間が過ぎていく。

――――

完全に覚醒しきった状態で、午前4時になる。眠れない。コーヒーを飲んだなんてことはない。
怖かった。
今まで、目を閉じて開けると目の前に空があった。当たり前だった。夏からもう半年くらい、毎日、骸と会っている。
なのに――。
消える予兆はなかった。唐突に彼との決定的な繋がりが無くなったかもしれない。それがとても恐ろしい。
思えば彼との繋がりなんて、無いに等しい。だけどそれを大切にしていたかった。守りたかった。いつか現実でちゃんと繋がれると思ったから。
だんだんと眠気が消えていく。
「眠りたい」という気持ちが「眠らなきゃいけない」に変わり、いつしか「眠りたくない」になった。
眠らなきゃ良かった。無理な後悔だと笑える。
こんなにも彼に依存していただなんて、気づきたくなかった。
カレンダーを見て、彼は冬眠を始めたのだと知る。12月1日。


眠れないまま朝を迎えた俺は家庭教師から薄っぺらい紙を受け取った。
何となくは解っていた。
彼が春を迎えないことも、こういった形で再会することも。
六道骸が死んだ。
俺の手には骸の死亡連絡の文書のコピーがある。長々とした文章を区切るように、沢山の0が並ぶ。
その紙は復讐者から送られてきたものだ。
11月30日の深夜から明朝にかけて事件が起こった。
水牢にいる囚人に酸素を供給するための管理室が何者かによって破壊され、その結果大勢の囚人が窒息死したのだという。 犯人は捕まっていない。当然の成り行きだろうと思った。
誰が犯人かなんてどうだっていい。
慰謝料なんてどうだっていい。
いっそ骸の死すらどうだって良かった。
ただ、聞けなかったことを後悔している。「あのキスはどういうつもりで?」
復讐者から受け取った0がいっぱいのお金を全て骸にあげていいから、もう一度キスが欲しかった。
骸とのごちゃごちゃとした関係を絶つ、明確なキスが欲しかった。
苦し紛れに紙切れにキスをした。これで彼との関係は全て終わりにしようと決めた。

一つ、もう夢が見れないことは解る。


title「確かに恋だった」様より