ベッドに腰掛けて、ティッシュで鼻をかみながら腫れた目で彼は僕に言った。

「目覚まし時計返して」
「いやですよ。どうして今更……」
「あの時計、リボーンが骸に渡したんだろう。俺があげたのに俺は何も貰ってない、お返しが欲しい」
「リボーンに対価は払いましたよ」
「でもあれは俺の時計なんだよ」
「僕だってあれは返したくありません」
「だけど……」

今日の彼はいつもより強情だった。我が儘というより、必死にすら見える。

「何とかしてくれるんだろ、何とかしてよ」
「僕は未来から来た猫型ロボットではないし、君も眼鏡ヘタレ少年ではないです」
「猫型ロボットじゃなくても出せるよ、骸なら」

僕が何かを渡さない限り、引き下がらない気だと分かった。

「……じゃあ、あげますよ」

最後の手段だった。本当は彼の誕生日に渡すはずだったのに、まさかこんなムードもシチュエーションもへったくれもない中で渡すなんて、少し悲しくなる。
引き出しから小さなラッピングされた袋を取り出し、彼に放った。弧を描いたそれは彼によって掴まれ、封を切られ、眺められた。

「骸、これって鍵だよね」
「ええどう見ても鍵ですね」
「ここの合い鍵だよね」
「そうですね」
「貰っていいの、俺が?」
「そのためにあげたんですよ」

さっきまで泣いていたくせにこの青年は本当に嬉しそうに笑って、鍵を見つめて、僕に振り向いた。満開の笑顔でありがとうと言われて、だから誕生日に渡したかったのに、と内心ひとりごちた。

「俺、骸が好き」
「正直初耳なんですけどね。僕も好きです」
「初耳だよ」




小さいベッドが危険な音を立てる。
枕に顔を押し付けて漏れる声を必死に消そうとする彼に背筋がぞくぞくした。髪を引っ張って、持ち上げて、顔がよく見たかった。声が聴きたかった。
その衝動を抑えるために首筋に唇をあてて堪えた。
あいしてる、なんて呟きそうになった。彼はひくひくと震えながら枕を抱きしめる。俯せの彼を身体の下で半回転させた。

「あっ、な、に」
「顔と声が――」
「壁が薄いから我慢しろって言ったの、骸じゃん」

確かにそうだった、でも聴きたくて堪らなかった。あいしてると言われたかった。言いたかった。
総ての感情や理屈を纏めて思案した後、キスが最良であるという結論に至る。キスをしている間は喋れないし大きな声は出ないし、且つ気持ちが良い。
どろどろと溶けていく気がした。


「これ全部夢なのかな」

彼が僕に覆いかぶさって言った。

「骸、俺に隠れて何やってんの」
「別に君のためではないから」
「危ないならやめて」
「君が気負う必要はない」
「――もう」

振り絞るように呟いた。

「夢なら覚めてしまえばいいのに」