三十七度シー





ちょっと電波




泣いてるんですか、と喉の浅い所で話しているような骸の声がする。
ひんやりとした手が俺の頬に添えられて思わず顔を上げた。



大きく瞬きを二、三すると、段々と視界も鮮明さを取り戻してくる。
骸たちの潜伏地、黒曜ヘルシーランドにいた。そして妙にふわふわとした気持ちの良いベッドの上。隣に骸。
体を起こすと自分が裸体であることをありありと直視してしまい赤面する。
さらに昨夜のことを――骸に誘われてほいほい着いてきた俺が悪かった――思い出した。
骸は俺のことを羨ましいと言った。俺にはその心が分からない。
傷心している所に付け込まれたとは分かっている。――でも、目の前で人が撃たれるのを見るのは怖かった。……怖かった。
ひとりでに震える身体を両腕で抱きしめると、隣の骸も身体をよじった。俺の方に身体を回し一言、「寒い」と。
「ごめん」
一枚の毛布を2人で使っているので、俺がめくった時に骸にかかる面積も小さくなっていた。
軽く謝ると俺も再び毛布に包まる。
「あったかいね」
俺も骸も素っ裸なのに、身を寄せ合うと身体の芯が温もる気がするから不思議だ。昨夜、熱を感じあったのとは別の暖かさ。もっと、母親の胎に居たときのような絶対の安心感をもった、理屈のないもの。
「僕は、寒い」
囁くように骸が言う。
「君が僕のものにならない。寒いです、暖めて」
とても近い距離で向かい合い、さらに骸が腕を伸ばして俺を抱きしめてくる。とっさに口走った。
「熱い」
「……何が?」
「骸の手」
ぼんやり見た夢では、骸の手はとても冷たかった。それが凄く寂しいことに思えて――俺が暖めてあげなきゃいけないと思って、手を握ろうとしたら夢が終わった。
骸の頬に手の平をくっつける。
「俺の手、熱い?」
「冷たい。でも熱い」
「どっちだよ」
「君は僕が死んだら死にますか」
あまりに唐突過ぎて笑って流すことができなかった。抱きしめられていた手は骸の頬にある俺の手に重ねられている。
「いちいち誰かが死ぬ度に悲しむなんてしんどいでしょう。僕と死にません?」
ご飯作るのめんどくさいからちょっとラーメン食べに行かない?くらいの軽さで、骸が言う。
「そしたら別の人が悲しむだろ。クローム達が」
「じゃあクローム達を先に殺せばいい」
「獄寺くん達が……」
「みんな一緒に逝きましょう」
「遠足みたいだね」
苦笑して骸の色違いの瞳を見つめる。このひとは本気なんだと、身体がぞくりと強張った。
「でも、嫌だ」
「どうして」
「世界に骸と2人なんて寂しい」
「もう誰も殺さなくて良いんですよ」
「悲しいよ」
「どうして」
「だって……」
俺は骸のことが好きなのかもしれなかった。
冷たいこの人を暖めて抱きしめて幸せにしてあげたいと思うから。
だけど、俺と骸の「すき」が果して「イコール」なのか俺には子供過ぎて分からない。気になる女の子を遠くから見ているだけで幸せになれた俺には分からない。
骸は?
骸は、本当に、俺が好き?
『君が羨ましい。君の総てが欲しいんだ』
あげられないよ、骸。
お前は俺になれない。俺がお前になれないように。
「骸は……俺のこと、好きじゃないだろ」
「君は?」
骸の目がくすんで見える。
鮮やかに見えたはずの俺の世界は、意外と脆かったらしい。
どうかこのひとがしあわせになりますようにと、なぜだか泣きたくなって、冷たいと言われた手の平を押し付けながら、少しでも俺の体温が伝わればいいと思った。
「……綱吉、僕を暖めて」
顔を寄せて、唇が触れ合う。
もう温度なんて分からない。
(無理だよ、骸。お前がおれをあいしてない)
悲しいかな、初恋が実らないと分かっているなんて。




2011.01.09