魔法なんていらない



二度目の干渉弾の効能が消えてから、骸の姿を見ることはなかった。夜、俺のベッドにもぐりこむこともめっきりなくなったし、日中にすれ違うこともなかった。骸なりに気を遣っているのかもしれない。
――それにくらべて、結局骸になにもしてやれてないなあ。
お菓子コーナーでチビたちへのお土産を選びながら、ため息をついた。もう子供みたいに何も知らないフリも、笑ってごまかすこともできない。
「チビたちはお菓子で機嫌とれるのに」
助けるなんて言ったくせに、結局のところ骸の内側を掻き乱しただけだったのかもしれない。怒ってもう二度と会ってくれないという可能性も高かった。……干渉世界で小さい骸が言っていたみたいに、殺し合いになることだけは避けたいところだが。
棚の前で唸っていると、不意に肩に手を置かれた。びくついて、咄嗟に「うわ」と声を出してしまった。固い動きで振り向くと、
「うわっとはなんです、うわっとは。失礼じゃないですか、沢田」
まさか、今ちょうどあんたのこと考えてたところだったから、なんて言えるわけがない。代わりに、「今までどうしてたの」と、当たり障りないことを尋ねた。
「最近見かけなかったから」
「ああ。ちょっと日本を離れてたんでね」
「イタリア?」
「まあ」
「たまには母国に帰りたくなるもんなんだな、やっぱり」
話の核心に触れないように、笑ってごまかした。何をしに行ってたかなんて聞けなかった。気にはなるけれど、骸のことにこれ以上首を突っ込む勇気はなくなっていたのだ。
しかし、
「聞かないんですか。イタリアで何をしてきたか」
骸は話を反らそうとはしなかった。
「君は僕個人の問題に口を挟んだし、あまつさえ登場人物にまでなろうとした。幕が下りるまでは役目をはたしなさい」
「それは、まだ骸に関わってもいいってこと?」
「始末をつけろと言ってるんです」
俺は無言で頷いた。
骸はそれを合図に口を開く。
「母親に、会いに行ってきました」
驚きで、言葉がつっかえた。
「――それは、俺が見た人?」
「君が見た人がどの人なのかなんてわかりませんよ」
それは嘘だとすぐにわかった。でも、骸が会ったお母さんは、骸にとって会う価値のある人だったのだと、それだけ分かれば十分だった。
「何か話した?」
「何も。墓石の下にいますし」
「……そっか」
骸は咳ばらいをひとつして、わざとらしくお菓子を選び始めた。麦チョコを買い物カゴに積み上げていく。
「あの、骸」
思ったよりも、暗い声になった。
骸は相変わらずのポーカーフェイスで振り向いたから、何を考えてるかさっぱりだ。
「始末……。俺は、お前のために何ができる?」
「言っていいんですか?」
「うん」
骸は顎に手を遣って考えるそぶりを見せた。それから骸はゆっくり視線を上げて、ついに俺と目があった。
「……やっぱりいいです」
そう告げたのち、骸は踵を返してお菓子売り場から立ち去っていった。
「えっ。おい、骸」
背中に声をかけたけれど、骸は反応することもなくどこかの売り場に消えてしまった。
一人取り残された俺は、その場に立ち尽くす。すぐに我に帰って、残りの買い物を済ませるために店内を歩き始めた。その間、骸とすれ違うことはなかった。
買物袋をぶらさげてスーパーから出たところで、入口に設置されている特売コーナーのワゴンの中身を眺めている骸を見つけた。すこし躊躇ってから、声をかける。骸は振り向いてポーカーフェイス……ではなく、あからさまに嫌そうな顔をして振り返った。骸らしくなくて思わず笑いそうになってしまった。
「どうして君は、僕を見つけてしまうんです」
なんとなく、今の状況だけを指して言っているのではないと思った。だから、上手く返事ができなかった。回りくどい話は俺にはできないって、骸だって知ってるはずなのに。
言葉を選ぶ能力の低さを嘆いたけれど、俺はこれ以外の聞き方を思い付かなかった。
「俺、お前を助けられたのか。余計なことじゃなかったか。怒ってないか。これからも、一緒にいていいのか」
骸は面食らったように目をしばたたかせていたが、しばらくして吹き出した。
「なっ、何がおかしいんだよ。こっちは真剣だってのに」
「あのね、綱吉くん」
名前を呼ばれて、胸がドキッとした。骸が俺を名前で呼ぶのは、初めてだ。緊張しながら上目遣いで骸を見たとき、俺は言葉を全て忘れてしまっていた。骸が、とてもすっきりした顔をして、笑っていたからだ。
「ありがとう」
なにか――言葉を探したけれど、胸がいっぱいで、うまく表現できない。結果オーライな面もあるだろうし、骸を傷つけたことに変わりはないのだろうけど、でも、骸がこんなにも綺麗に笑っている。俺にありがとうと言って笑ってくれている。
それがすべてのような気がした。

帰ったら干渉弾をすべてリボーンに返そうと、骸に手を振りながら考えていた。


(title:逆睫)

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