どうかもう一度



骸がベッドサイドに立っている。
眉間にシワを寄せて、泣き出しそうな、今にも殴りかかってきそうな、よく分からない表情を浮かべている。
「君には、がっかりしました」
骸は、一音一音を吐き出すように呟いた。まだ呆然としているままの俺は、骸が何を言ったのかすぐには理解できなかった。
「プライバシーってもの、知りませんか。そういうの日本人は敏感でしょう。君は、何もかもを知る権利を持っているとでも?!」
骸の腕が動いた。咄嗟に両腕で頭を庇う。殴られると思った。
でも骸は俺を殴らなかったし、骸の右目に刻まれた数字ががぐらぐら揺らいでいるだけで、骸は動かなかった。
「ごめんな」
やっとのことで言えた言葉は、たったのこれだけだった。骸が最も知られたくなかったはずの、誰にも言えないはずのブラックボックスを開けようとしてしまった。好奇心で覗こうとしてしまった。もっと気の利いた謝罪をすべきだと分かっているのに、これ以外の言葉が見当たらなかった。
骸に殴られていても当然のことをしてしまったのだと、ようやく気づく。
「……君のことだから、僕の様子を見て心配になって、何かしてやるのが勤めだとでも思ったんでしょう。悪意がないのは分かってる。でも分かっていても、困るんです。僕は助けてほしいなんて頼んでない」
「違うよ!勤めなんて思ってない!」
骸が目を見開く。
俺が何かを話せば話すほどに、骸は侮辱された気持ちになるのだろうとなんとなく、分かっていた。だけど、このままは嫌だ。何も知らないまま、分かりあえないなんて嫌だ。
「俺は骸の昔のことをほとんど知らないし、だからお前が怖がってるものがなんなのかも知らない。でもどうしても知りたかった、お前に助けてって言われたみたいで嬉しかったんだよ、なんとかしてやりたいと思ったんだよ」
「そんなの君の自己満足じゃないか!僕は少なくとも君には助けを求めない!誓ってでもだ!」
しばらく二人とも何も言わなかったけれど、今までの沈黙とは種類が違っていた。多分、お互いに言いたいことは山ほどある。
「君は、僕のことを嫌っているはずです。怖いと思っているでしょう。僕を知りたいなら真っ向から干渉しなさい、そして嫌いなさい。君は、他人を嫌う勇気を持つべきだと思いますよ」
――骸との会話は嫌だ。やっぱり、二人の世界は違うのだと思い知らされる。
だけど、骸だって、俺と同じくらいの歳の少年だ。多分、骸のほうが何倍も大変な経験をしてきたのだろうし、何倍も大人な考えを持っている……でも、俺よりも何倍も。
「嫌うのと、怖いは、違う。だって俺、骸のこと、ちょっと怖いヤツだと思ってるけど……全然、嫌いじゃないから」
骸が、息を詰めたのが分かった。
骸が今、何を想っているのかは分からない。だけど、骸自身を分からないとは、全く思わなかった。
「骸って、歪んでるように見えて、変にまっすぐで、子供っぽいっていうか……。なんでかな、骸には嘘をつけないんだ。きっとすぐにばれちゃうからだと思う。俺、骸には素直でいられるよ。だから……骸も、俺に寄り掛かってくれていいんだよ」
骸は俯いて、俺の目を見ない。吐き捨てるように言った。
「嫌なことを思い出しました。僕の過去なんて見たければ勝手に見たらいい。もう邪魔はしません」
骸はだんだん透明になって、最後には見えなくなった。




(title:逆睫)

prev next

 

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -