時にとらわれて



真っ暗の世界の中で、低くてよく響く声で呼ばれた。
ヤツに呼ばれる理由なんて、俺には心当たりがない。決して目を開けたくなかった。
「沢田?」
骸は多分、俺がベッドで寝ているそばに立っている。窓から入ってきたに違いない。なんて非常識なヤツだ、あまつさえこんな真夜中に訪ねて来るなんて。
だれが、目を開けてやるものか……。俺は狸寝入りを貫く。沢田綱吉は眠っている。俺は、眠って、寝て――
「だあああああ!!何するんだよ!」
――いたのに、飛び起きた。見遣ると、骸が掛け布団の端っこを持っていた。どういう状況だ。
「なんだ、起きてるんじゃないですか」
「人のベッドに潜り込もうとするんじゃない!!」
骸が同じベッドで、隣に寝る? 狸寝入りどころの話じゃない。恐怖で眠れるわけがない。
「ちょっと寂しくて。だめですか」
「だめに決まってるだろ?!しかもなんで俺なの、他の人がいるだろお前なら!」
――彼女とか。
俺が濁した言葉を察したのか、骸は首を横に振った。
「女はだめですね。男なんて使い捨てだと思っている」
さすがに諦めてくれたのか、掛け布団から手を離した。ぽす、と軽い音にはえらく拍子抜けだ。
「骸にもそういう考えがあったなんて、知らなかった」
「そういう、って?」
「一人のトクベツな人に好かれたい、っていうのかな。使い捨てされたくないからそういうこと言うんだろ?」
「……じゃあ君は使い捨てされて嬉しい人種ですか」
そうは言ってないだろ、と半ばげんなりする。骸との会話はすごく疲れるから、嫌だ。二人の世界は、全く違うのだと思い知らされる。
「あと僕はヘテロですから」
「へてろ?」
「……男は対象外ということです」
「べべ、別にそういうふうに解釈したんじゃあないよ!」
「ならいいです」
返す言葉を失った。沈黙が生まれる。
骸との会話ではいつもこうだ。テンポ良く会話が続いて、唐突に切れる。友達でもない人となら、こんなものなんだろうか。
「あと、……寂しい、というよりは、怖い、ですかね。身内には頼れない問題がありまして」
それって、俺だから頼ってくれたってことなんだろうか。身内だと思ってくれていないのは切ないにしても、ちょっと嬉しくなる。
「お前にも、怖いって感情あったんだな」
「他人よりも閾値は高いと思いますが」
「いきち?」
「少なくとも君よりは怖がりでないということです」
骸との会話が続かない理由は、俺の勉強のできなさも関係していそうだ。ヤツの言葉は難しくデコレーションされている。わかりやすく話してくれたら、理解できるかもしれないのに。
「僕は正体不明のものよりも、実体があるもののほうがよっぽど恐ろしい。……とはいっても、いつまでもありもしない幻想を恐れているのも、また確かですが」
「どういうこと?」
「さ、早く寝てくださいよ。僕も安眠したいんです」
「お前どこで寝るんだよ」
「君が眠ったら帰ります。君の寝顔を見たら眠れる気がするので」
「はあ?」
そのあとの記憶はなく、気付いたらもう朝だった。
骸は一体、なににとらわれているのか、知りたかった。




(title:逆睫)

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