「もしもし、グリーン?」

その懐かしい声を聞いたのは、タマムシの市街地の大きなスクランブル交差点で信号待ちをしている所だった。コール音を聞きながら、電話出るのめんどいとか考えていた俺の思考が吹っ飛ぶ。俺は人ごみの中でポケギアに噛みつくように叫んだ、何たって何ヶ月ぶり、長い間音信不通だった幼なじみからの電話。
「お前っ、今、どこに、」
「グリーン右見て、右」
え。と俺は間抜けな声を上げる。俺の右側は車道なんだが。半信半疑で言われた通り右を見ると、車道の向こうに俺と同じように人ごみに埋もれて、俺と同じようにポケギアを構えた、レッドを見つけた。彼と目が合い、俺は軽く手を上げた。彼の姿は相変わらず細くて、頼りなさそうで。
「久しぶり、」
「久しぶりすぎるわお前!あーっと…、直ぐそっち行くわ」
「え、面倒だから向こうで合流しよ、」
レッドが提案してきたのは、彼にとっては真っ直ぐ行った先、俺にとっては斜め左に交差点を渡った所にある自転車屋だった。場所を人ごみ越しに何とか視認して俺は返事を返す。ついでみたいに見えた信号機は未だ赤のままだ。
「なぁ、レッド」
気づけば持ちかけていた。
「どっちが早く向こう着けるか競争しねぇ?」
バカな考えだとは思った。単純計算、距離の問題で言うならそのまま真っ直ぐに渡りきるレッドと違って、俺は対角線を渡って自転車屋に走らねばならない。自分からふっかけたにしてはかなり不利な競争だ。しかしそんなことはもはや気にならなかった。
「競争、」
レッドが言葉を確かめるように復唱して、電話越しに小さく唸るのが聞こえた。激しく通り過ぎる自動車と青信号を待つ歩行者達の隙間からその表情を伺おうとしたが、見えそうで見えない。
「どうした?」
「…いいよ、やろう」
数瞬の間を置いて、レッドは静かに答えた。その後、でもグリーンの方が走る距離長いよ、とやはり気づいていたかそう付け加えた。その言い方に、自分が勝つに決まってる、という響きを感じて俺は負けずに言い返す。俺の50m走のタイム知らないから言えるんだろそんなこと、この距離はハンデってやつだ。そう言うと向こうも黙ってはいない。僕だって全力で走る。と静かな声ながら闘気を纏う返事がポケギアから聞こえた。
「グリーン、」
「何だよ」
「…全力で走りたいから、ポケギアしまわせてくれる、」
何だ向こうだって相当本気じゃないか。俺は分かった、と頷いてポケギアを固く握った。
「じゃあ信号が青になったらスタートな」
うん、という返事が小さく聞こえて、それから何かレッドが言った。何、と聞き返す前に通話は終わっていた。本気すぎるわお前。苦笑が漏れる。それからポケギアをウエストポーチにねじ込む。車道の信号が黄色になって、赤に変わる。息を潜める。足の爪先に力を入れる。歩行者信号が、青に変わった。
一瞬のタイムラグの後、交差点の人ごみが押し流されるように進んでいく。意志を持たない群像の波が俺をも群像の一員にしようとうねって呑み込もうとする。でもそんなのはごめんだった。他人と一緒の進度なんて有り得ない。俺が追い掛けているのは俺より速い人。いつもフラフラしてて、それでいてしっかり最短ルートを踏みしめている。人ごみの隙間から赤い帽子が見えた。俺より少し進んだ先にいる。ああいつもこうやって俺を急かすんだレッドは。人ごみに埋もれながらも進路を確保し走る。目的は一つ。彼に勝ちたい、それだけだった。無我夢中で人を掻き分けて、交差点を渡りきった。一番に幼なじみを探す。アイツがまだいなかったら俺の勝ち。アイツの方が先に着いてたらアイツの勝ち。俺は歩道を見渡した。レッドはいない。辺りを見回しながら自転車屋に着いた。レッドはいない。店先にも店内にもいなかった。
「勝った…」
呟いて微笑んだ。が、レッドが来ない。少し待ったが、来る気配はない。店内から抜け出してさっきの交差点を見た。青信号が点滅していた。渡りきった歩行者側にも渡ってきた横断歩道にも渡る前にいた歩行者地帯にもレッドはいなかった。湧き上がる優越感が即座に勢いを無くす。口の中が乾いていく。唾を飲み込んで一時でも喉を潤そうとしたけど上手く飲み込めない。俺が来た道を見ても彼が渡って来た道を見ても自転車屋の周り360°見回して見ても彼は、赤い帽子はどこにもいなかった。さっきまで競争していたのに、さっきまで姿を見ていたのに、さっきまで電話していたのに、どうして。どうにもならなくなってポケギアを取り出す。慌ててレッドに電話をかけた。
「只今お掛けになった電話番号は電波の届かない所に…」
しかし聞こえてきたのは無機質な機械音。電波の届かない所ってどこだよ、恐くなって着信履歴を見たら競争する前の彼との通話履歴はどこにも見あたらなかった。

スクランブル交差点
(通話の最後の彼の言葉はなんだったのだろう)


________
シロガネ山の赤い亡霊、あめこ流。

2010.04.10
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -