一万打記念!


あいしている
言葉にできなかった一秒を、言葉にできたなら


そのフレーズに、聞き覚えがあった。成歩堂なんでも事務所でタレントの紅一点兼所長が口ずさむその歌の歌詞に。それは昔、どこかに置き忘れてきた何か大事なもののように思えた。それは実に俺の耳に心地良く響いた。
「みぬきちゃん、歌上手いね」
そう何の気なしに言うと、所長はトランプのシャッフルをする手のまま、朗らかに笑った。
「みぬき、音楽の先生に毎回誉められるんですよ!」
曰わく、高く伸びのある、だが密度のある声音だと。確かに、はきはきと日常でもこちらへヒントを投げかける声は伸びやかだ。地声はそこまで高いわけではなく、むしろ人並みだが、合唱形の曲になると途端、周りとは一技も二技も違う。そういう系統なのだろう。彼女は、魔術師の努力の賜物ですよ、と照れたように笑うが、果たして発声練習からも遠いところにあると自身の経験で認める魔術。関係ないんじゃないか?そんな俺の眉間に知らずシワが寄るのを見た彼女は信じてないなあ、なんて不服を顔に表した。「やっぱり血筋なんじゃないかなあ」
と、そこに事務所のもう一人のタレント、成歩堂さんがふらりと部屋に入ってきた。お帰りなさい、お帰り、と二人分声を掛けられるのを小さく捌きながら、みぬきちゃんを抱きしめにかかる。ピアノ引きのパパの才能だろう、そうかなあ、とじゃれる父子に一瞥をくれて、俺はなんか嘘臭い親子だよなあと使い古したぼやきを脳内で呟く。そもそも血は繋がってないじゃんか、と更にぼやき倒したところで先ほどのみぬきちゃんによる歌詞を思い出した。彼女に拠ると、どうやら新曲のサビだそうだ。誰のってもちろん、
「ガリューウエーブ、解散したはずなのになあ」
「牙琉検事さんはソロで今もちゃきちゃきの現役ですよ!」
もちろんかのアイドル検事である。ちゃきちゃきの現役、とまで派手に活動しているわけではないが、一人でギターの弾き語りなんかをしているらしく。
「しぶといもんだなあ」
「彼はきっと手放せないんだよ、」
まだ足りないか、と呟くと成歩堂さんから柔らかに言葉が返された。なんだか、さっきの台詞、深い気がする。素直にへえと納得しておく。何を言っているか分からないけれどいつか見えるだろうと、それまで覚えておこうと、今は記憶にしまう。それをなんとなく成歩堂さんも分かっているみたいに見えて。俺たちは淡く笑みを交わした。と、そこに俺のケータイの着信音が被った。
「あれ、誰の?」
いきなり鳴りだしたそいつに驚きながらも、最初の設定から変えていない色気のなさから、犯人は特定できたようだ。ちなみにこれは言うまでもなく成歩堂さん。みぬきちゃんは自分のものでない着信音にはことに無関心だ。たぶん。とりあえず4コール目で通話ボタンを押す。ちょっと遅かったがこの人ならコール数くらい気にしないだろう。成歩堂父子のいる部屋からちょっと席を外してから、もしもしと言った。が。
「2コールで出てよねえオデコくんったら」
意外なところで細かい相手だったことを失念していた。ていうかそれくらいまだいいじゃないか、と思う。
「だったら、検事もそのすげー変則的な電話の掛け方、なんとかしてよねえ」
声真似したら怒られたので軽く笑って流す。弁護士と検事という職だが俺と牙琉検事は結構良い友達だ。いや、友達というか。…意外と親友、とかいう括りに入っちゃっている。の、だが。それを本人が聞いたら多分わめきたててえらいことになるだろうので言わない。
「あー面白い、冗談ですよ。で、なんですか。飲み?」
「ん。まあそういうノリ。今日の夜空いたから、宅飲みしようよ」
「宅飲み、…とは…。大学時代を思い出しますね、懐かしい言い回し。」
「なんだよ、人の揚げ足ばっかりとってさあ。」
「仕事ですからねえ」
「それは違いない」
そうやって笑って軽く時間なんかを決めて通話を終えて戻ってくると、今度はさっきの曲をCDが歌っていた。みぬきちゃんの計らいだろう。牙琉検事の歌を別に聞こうとは思ってないんだけどなあ。俺はみぬきちゃんが歌ってるほうがスキだなあ、と言うと彼女は嬉しそうにありがとうと言った。だがその後ろの成歩堂さんの視線は凄く鋭い。娘に付く悪い虫を見る目だ。そういう意味じゃない、と必死にかき消したがあの目は本気だった。ちょっと怖い。でもそんな水面下の攻防を全く無視してみぬきちゃん笑う。
「でも本家も聞かなきゃだめですよ」
その笑顔にはどうも弱い。そんなもんなのか、と折れるしかなかった。


その日の夜、俺は軽くつまめるものを買って、検事の家に向かった。凄い高層マンションにくらくらしたが、窓から下を見なければいいのだとタカをくくる。セキュリティーを検事に開けて貰って、エレベーターを上り詰めて。
「お邪魔しま、す」
入れてもらった彼の家はなんとも広くて、さっぱりと家具がスペースを取って置かれているのにため息が出た。自分のうちの間取りが掠めたが比べものにならないだろう。まず部屋の数が違う。リビングの牙琉検事は既にお酒を完全に準備しているようだ。しかも良く見ると既に一缶空けているらしいときた。まあいいじゃないの、と言ってへにゃりと笑う検事にぼやきながら買ってきたつまみを広げて、それからぶどう味の缶に爪を立てた。
「牙琉検事」
「どうしたの」
「新曲出したんですってね」
「お嬢さんかい?」
「はい」
「どうだった」
「ん、なんか気になるサビだったんです、」「…」
「言葉にできなかった一秒を、言葉にできたなら」
「歌うまいね」
「そう、ですか」
「うん、密度があって良く伸びてる」
「…」
どこかで聞いたような評だ。日頃の発声練習の努力の賜物だな、と思っておく。
「その曲、デビューする前に作ってたんだ」
「へえ」
ということは解散してしまったガリューウエーブの遺作、ということなのだろうか。それにしては比較的落ち着いたメロディーだったけれど。
「あのサビはねえ、兄貴が言ってたんだ」
「…え」
「言葉にできなかった一秒を、言葉にできたなら」
「…」
「なんか今になって、急に歌いたくなったんだ」
「だから」
「…だから?」
「懐かしかったんだなあ、って。そうだ、それ、俺も先生が言ったの聞いてました」
「そう」
それはあらゆる意味で遺作だったようだ。言葉にできなかった一秒を、今、いやあのとき、言葉にできたならば。俺はあの人にたくさんの言葉を伝えることができただろう。伝えなくてもいつか言える、と思っていた一秒の山が俺を何時間も叫ばせるだろう。そして先生はどんな思いでそのフレーズを、誰に宛てて、呟いたのか。じわりと湧いた思いはずるずると頬を滑っていった。
言葉にできなかった一秒を、言葉にできたならば。言葉にできなかった一回一回を、言葉にできるならば。あの時から今までいろんな人に、何か感じてくれた人に、つたない俺が、私が何か何か返せるならば。山になって積もったその分、言葉にできるならば。


(10000秒分のありがとうを、言葉にできるなら)



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こんなに嬉しいことはないのにと思います長くてすいません、あめこです。
突貫工事なので限界はありましたが、頑張ってオドロキくんとたくさんの人を絡ませられたかなと思います。でも10000hitにはあまり関係ない罠←
あ、ちなみになんとなくBGは「ストロボラスト」を聴いていました。
10000hit、本当に本当にありがとうございます。これからもゆっくりですが更新していきますのでどうかよろしくお願い致します。

2011.09.02


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