ある夏の夕立


通り雨だった。

それはどこにでもあるような夕立だった。雲が厚く空を押しのけて土の湿ったにおいを運んできて、そして決壊したように地面を打つ、ごく普通の夏の夕立だった。俺は洗濯物を取り込むために雨の銃声の中に躍り出て、一目散。二往復してすべての洗濯物を取り込み終わった後には俺の髪や服はぐっしょりと濡れていた。ため息をつきながらその惨状を確かめながら服を持ち上げる。Tシャツは水を吸って、直接触れた肌に吸い付いてなかなか離れない。その感触がなんともいえずむずがゆくて、俺はバスタオルを探して見つけると一気にTシャツごと水気をバスタオルで拭った。髪をぐしゃぐしゃと雑に拭いてその続きで顔をバスタオルに埋めた。布地が少し硬い。この日は柔軟剤が少なかったか。
「うふぁ…」
バスタオルから浮上してけだるげな一息。窓の外はベランダの手すりを雨がたたきまわっている。網戸の向こうから生ぬるい土の匂いが流れてくる。なんとなくのどが渇いた。

「検事も要りますか、麦茶。」

その声にさっきまで本を読んでいたひとが顔をやっと上げる。夕立がきても俺が洗濯物を取り込もうと奔走しても濡れた頭でバスタオルを探していても、何も言わずに何もせずに部屋の真ん中で胡坐をかいて本に目を落とし続けていた人。雨の音や雰囲気やにおいはこのひとには届かないのだろうか。このひとが不思議だ。わからなくなる。彼は顔を上げたかと思うときょろきょろと周りをうかがって、雨に耳をすまし、雰囲気をひとつひとつ拾い集めてから、こちらに微笑みを向ける。全部きいていたよというように。
「麦茶かあ、うん。のどがかわいた、欲しいな。」
「はい」
きっとなにかに集中しだすと他のことなんてどうでもよくなるひとなんだ。と俺はおもう。きっとさっきのまま網戸の向こう、ベランダに放り出しても何事もなく読書をしているんだろう。この天才ロックシンガーは何かがたりない。それが俺を不思議だと思わせる。麦茶をガラスのグラスに注いで後から氷を投げいれる。二つでいいですか、ときくと、うん、という生返事が返ってきた。たぶんまたどこかにいっている。そこは夕立なんか降っていなくて土のにおいもしなくて、たぶん俺の狭い家の畳ですらないんだろう。本のなかの情景にトリップしているんだろう。気持ちはわかるけれど。
「検事、けんじ。…がりゅうけんじ」
「…」
ついに俺の声すら聞こえなくなってしまった。このひと何のために俺のうちへきてるんだろう。ちゃぶ台みたいなテーブルの端っこに汗をかいたグラスを静かにおいて俺も座る、でも検事よりグラスに近いところ。彼とは少し距離を離した。こころのなかでざまあみろと言ってみる。俺はあなたのことなんて好きじゃあないんだぞ。だが検事からはなにも返ってこない。当たり前といえば当たり前なのか。湿った前髪を二、三度なでつける。ああ。夕立も終わりそうだ、そういえば濡れた洗濯物はどうしよう。洗い直した方がいいだろうか。そうだとしたら今度は柔軟剤をたっぷりつかってやろう。それから、それから。
「オデコくん」
「ひ」
「麦茶、そんな遠くにおかないでよ」
なんなんだこのひとは。さっきまで本にしか興味がなくて。というか俺の部屋にすらいなかったようなひとが。胡坐をかいた俺を後ろからホールドしている。あつくるしい。長い金髪が首筋にふさふさする。ってことは顔も近いぞ、おいおい。
「アンタ、その、本は」
「今読み終わった」
「…」
「オデコくんすきだ」
うるせえよ、と喉元までこみあがった。だがさすがに年上相手にそれはと渋々言葉を飲み下す。ぴりりと刺激。ああのどが渇く。結局麦茶は一口も口をつけないままだ。牙琉検事は何度も俺にしみこませるみたいにそのことばを呟いては腕を回す。うるさい、わかってる。そういえたらどんなに。でもそんなの言える気がしない。主に恥ずかしい。でもとても今暑苦しい。ていうか俺今服も髪も湿ってるんだけど。彼にはそれすら関係ないのか。彼は濡れてる人の背中に密着してもいやじゃないのか。だとするとすごいなあ。

「あめのにおいがするね」
「はい」
「タオルちょっと固くない?」
「はい」
「あの本おもしろかったよ」
「はい」
「オデコくん」
「はい」
「…」
「…」
「すきだ」
「…」
「うるせえわかってる」
「えっ」
「でしょ」
「……はい」

なんでアンタはそうなんだ。

(なんのためにきみの家にいるとおもってるの)



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やっぱり夏は響王が書きたくなるどうして。そして私の響王はだらだら甘っていう新ジャンル←
おどろきくんは理系で、牙琉検事は文系って、そんな気がします。なんか考えるパターンていうか、そういうのが。

2011.08.17

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