なるほどうさんち事件勃発2!


台所に置いてある、並んだコーヒーを。

ぼくが事務所に帰ってきたのは、1日ぶりだった。昨日は結局、野暮用で付き合わされて帰るに帰れなかったのだ。まあ昨日は帰りたくなくなるような大雨だったので、ぼくの意思でもって帰らなかった、といっても間違いではない。昨日の大雨には大変に恐れ入った。今日も午前中は昨日の続きのような雨が降っていたが、午後になってさすがに小康状態となった。ので、そこを見計らってぼくは事務所に帰ってきた。ぼくは持っただけの傘を玄関脇に立てかけて靴を脱いだ。ほかに靴は一足しかなかった。事務所には彼しかいないらしい。部屋への戸を開けて、パソコンに向かうオドロキ君を見つけた。どうやら何か仕事が入ったとみた。たぶん弁護のほうの、そして被告人が無罪の仕事のほうの。その証拠に目は真剣だが活きていて、顔は無表情に限りなく近いが奮起の精神が見て取れる。全部表情から読めてしまうことにぼくは心の内だけで含み笑いをした。
しかし、このような状態の彼には一つ、問題があって。彼はこうなるととにかく集中して一つのことにすべてを割り振るため周りのことに気を向けない。冷静沈着を集中で見事に乗りこなすところは弁護士として、かなり有益なスキルである。たぶん牙琉すらその本当のところまではたどり着いていなかったから、この子がそれを行使できることは将来の彼の可能性を明るくするには十分だ。彼はこの場所の雰囲気と一緒になって、思考の海に落ちている。真に落ち着きのある、とはこういうことをいう。たぶん、いや絶対彼はぼくにすら気付いていない。今彼の中にあるのは今度の事件がどういう経緯で起こったか、人の行動の順序は、だれがあの証拠品につながるのかとか、そういうことのみだ。それをぼくはただ静かに眺めている。この若い弁護士の醸す、その性質に似つかない空気に自分を浸そうとする。彼を、ぼくはこれからどう扱ったらいいだろう。彼を脇道にそらしたくない。しかしあくまでさりげなく誘導してやれる道は。一緒になって海に落ちようとした刹那、オドロキ君がコーヒーに手を伸ばしたのが見えた。そして
「!、…あ。れ!成歩堂さん、おかえりなさい」
彼の集中は一瞬にして消えた。ぼくの飛び込もうとしていた海が一瞬にして消えた。彼はいつもの口うるさくて細かい彼に戻ってしまった。落ち着きはなくなり冷静沈着のぴんと張りつめた空気はどこかに行ってしまった。ぼくは一瞬で興を削がれた。
「…ん。ただいま」
自分でもわかるほど3割増しにけだるげな挨拶だけして、彼の横を通り抜ける。その様子に疑問した彼の視線がぼくの背中に刺さる。さっきの落ち着きの自覚もない彼に少しだけ辟易とした。彼の傍らにあるコーヒーのカップをちらりと見て、ぼくもコーヒーを淹れようか、と思い立つ。…あれ。
思わず彼のカップを二度見した。彼の専用カップは彼自身の持ち込みで、マグカップというよりティーカップに近くて、細い耳と足がついているのが特徴で、赤いストライプが太さを変えて、白地の一角に走っている。確か彼は紅茶をよくそれで飲んでいるはずだが。今日の彼のお供はコーヒーのようだった。それもカフェオレに、しかもみぬきがやる甘いそれに近いような。普段なら、彼は結構ブラックなんかを粋に飲んだりするタイプだ。しかもその時はまた別のシンプルなマグカップを使う。…昨日、何かあったのだろうか。
「オドロキ君?」
呼びかけると前髪が揺れた、肩も揺れた。なんだこれは。ますます怪しい。そういえばさっきも、カップに手を伸ばしたところでちょうど集中が途切れたのではなかっただろうか?
「…あの、ええと。コーヒー淹れてきましょうか?」
「オドロキ君。」
「は、…はい…?」
「……お願いしようかな。あ、君のも淹れ直してよ、ちょっとお茶にしよう。」
「…は、あ…。」
眉が寄っている。意味が分からない、という顔をしている。当然だ。ぼくはいま興を削がれて、ちょっと機嫌が悪い。悟らせるつもりなんてない。
ため息をついて、オドロキ君が自分のカップを持って給湯室へ向かう。ぼくもそれに倣う。そうして、ずっと後ろについていて、彼がコーヒーを淹れ直し終えて、一息ついたところで、ぼくは息も吐いた。彼の肩に腕を回す、逃げられないように、反撃を食らわないように後ろに回る、そして距離を詰める。彼の表情は見えなくなるがそれはぼくの表情をも悟らせないためある意味で好都合だ。一瞬でそれらを行われたオドロキ君が息を詰める。表情筋が固まった音がした。そこでぼくはもうひと押しする。彼がコーヒーを淹れ直している間に、だいたいの推理はついた。ニット帽をひっぱりながら、耳元にささやく。
「昨日、コーヒーについて、何かしたでしょ」
「え、は、…」
「どうしてカフェオレなの?みぬきがしてるみたいだ」「…」
「大体の想像はつくんだよねえ、どうする?あがく?」
「…まじかこの人…」
まじだよー。と口角を上げてからからという。より彼の心筋がひきつったと思う。しばらくどちらも動かなかったあと、オドロキ君は長く、長く息を吐き出した。
「いいですよ、俺も、そりゃあもうあんなことでいちいち動揺なんてしないですし。」
「あんなことー…ほほう?」
「だって気づかなかったんですよ。甘いな、って思うまで」
「あ、間接キス?」
「……今気づきましたよね、その声。うわ、またハッタリかまされたか…」
「いいなあ、ぼくもしたいねえ。そういう甘酸っぱいやつ。」
「無茶言わないでくださいオッサン」
うわ、言ったな。そりゃあ干支だって一回り近く違うんだ、オッサンの称号はたやすいだろうが、それでも面と向かって声に出されると鋭さが違う。あーあ、地雷を踏むのが得意なんだから、君は。
ぐるりと腕の中で彼を反転させる。無駄に間隔を空けると逆に腕を突っ張って間合いを取られるので極力密着を心がける。そうして余った手で顎ごと両方の頬をつかんだ。
「ふげっ、う、」
「君はどこまでいけるのかなあ。」
彼の顔色が変わった。一瞬、視線で射殺されるかとおもう視線を受け、しかし次の瞬間すごい勢いで赤面した。何を考えているかは想像に難くないがぼくの思うそれとは確実に違うので思考をやめる。君はどこまでいけるだろう。この無自覚の冷静が制御できるようになれば強い。でもそうなる前にぼくのように、面倒なことに首を突っ込んで途中で突き崩されるようなことに、なってしまうのは惜しいなあ。そうなならないように、願わくばこの二つ並んだカップのように、助手席の同乗人よろしく案内し続けられる日々が、つづけばいい。
「成歩堂さん、俺、最近、その忙しくて、だから」
「……うん。」
彼は絶対になにか勘違いしている。しかもとんでもない方面に。ぼくは弁解も面倒くさくなって、シンクの脇に放置してあった冷めかけのコーヒーを思いっきり煽った。_______

6/17なるおどの日。
3日目にしてもやっぱり遅刻気味…。
一線を越えなきゃ、と思ったらまさかの空回り、ってゆう。
並んだコーヒーの場所を共有する。をコンセプトに。

3日分、見てくださってありがとうございました!
企画してくださった主催者様と観覧者様にどーんとあふれる感謝を!
あめこでした!

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